ユネスコ世界遺産会議へのメッセージ

ユネスコに向けてサイモン・ウィーゼンタール・ センターの声明
―ヘブロン保護の決議より、モスルにおけるISISのモスク破壊の批難を―

パレスチナ自治政府は、ユネスコに対して、ヘブロンにあるマクペラの洞穴をイスラエルから保護するよう要求しています。しかしこれはユダヤの歴史を否定し、イスラム化しようとする行動ではないでしょうか。

「今年は1967年の6日戦争(第三次中東戦争)から50年を記念する年です。また、50年前にユダヤ人が19年ぶりに初めてイスラエル・ベツレヘム・ヘブロンの聖なる地を訪れることができた年であり、同時に、イスラエルがユダヤ教徒・キリスト教徒・ムスリム教徒とっての聖地を保護してきて50年という記念すべき年でもあります」とエブラハム・クーパー師は語ります。

「ポーランドのクラカウで行われるユネスコ世界遺産会議にて、条約締約国21カ国はパレスチナのヘブロン保護の決議を含む34の案件について審議すると思います。しかし、先日ISISによって破壊されたモスルにあるモスクの保護については話されないでしょう。アラブ連盟やイスラム協力機構は、イスラエルがヘブロンにあるマクペラの洞穴をテロから保護しているという“罪”より、モスクを含む聖地を破壊し続けているという“罪”で ISISを批難するべきではないでしょうか」と主張します。

サイモン・ウィーゼンタール・ センターの代表として同センターの国際関係担当のシモン・サミュエル氏がクラカウでのユネスコ世界遺産会議に出席する予定です。

(補足)
マクペラの洞穴・・・パレスチナ自治区のヘブロンにあり、アブラハムなどの聖人が埋葬されておりユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒から神聖視されている宗教史跡。イスラエル政府は、2010年から同聖地の修復・保護に取り組んでいます。

パレスチナとユネスコ・・・パレスチナは2009年にユネスコに参加して以来、マクペラの洞穴や嘆きの壁をイスラムの遺産として認められるよう政策に取り組んできました。

2016年にはユネスコは、ユダヤ人と嘆きの壁など数か所の聖地の歴史的つながりを否定する決議を採択しました。(賛成24国、反対6国、棄権26国で、米、英、独、オランダ、リトアニア、エストニアが反対し、日本は棄権)。7月2日からポーランドのクラカウで開かれるユネスコ世界遺産会議でも、イスラムのマクペラの洞穴として、保護の決議が審議される予定です。

                  (日本語訳・補足説明:杉中亮星)

サイモン・ウィーゼンタール・センター、米大使館エルサレム移転の遅れに失望

2017年6月2日

サイモン・ウィーゼンタール・センター
大使館のエルサレム移転を遅らせるトランプ大統領の決定に深く失望

ユダヤ人の歴史的首都全域に対するイスラエルの統治権に、交渉の余地はありません。過去50年の歴史は、それのみが、聖地における全ての宗教の自由を保証する道であることを示しています。。

「サイモン・ウィーゼンタール・センターは、大使館のエルサレム移転を遅らせるというトランプ大統領の決定に、深く失望しました。トランプ政権は、イスラエル首相が誰であろうが、彼が決してエルサレムの統治権を譲り渡すことはないと、認識しているはずです。エルサレムは分断することのできないイスラエルの首都であり、将来もそうあり続けるでしょう。」著名なユダヤ系人権擁護非営利団体であるサイモン・ウィーゼンタール・センターの館長マーヴィン・ハイヤー師と副館長のエブラハム・クーパー師はそう発言しました。

「私たちは、大統領補佐官が、トランプ氏は今でも、1948年以来アメリカが冒してきた歴史的過ち ――イスラエルが自国の首都を統治する権利を認めない―― を正すつもりでいると強調したことを、心に留めます。」

「来週は1967年の六日戦争から50周年ですが、それは、旧市街地にある全ての宗教の聖地をその信者が自由に訪ねることのできる半世紀でした。それは、アブラハムの伝統を受け継ぐユダヤ教、キリスト教、イスラム教の宗教指導者によって等しく認められ、祝福されるべき事実です。」

「忘れっぽい世界に、思い起こして欲しいのです。いかなる形であれ、エルサレムが再び分断されるようなことになれば、何が起こるのかを。1948年、ヨルダン軍はユダヤ人地区とそのすべてのシナゴーグを破壊しました。彼らは、オリーブ山の(ユダヤ人の)墓石を便所に使い、ユダヤ人が嘆きの壁を訪れることを一切禁止しました。ユダヤ人は、彼らにとって最も神聖な地を、二度と外部の政治・宗教集団に支配させることありません。」

ハイヤー師とクーパー師は、こう結論付けました。

「世界の主要国、バチカン、そしてイスラエルのアラブ隣国が、この紛うことなき事実を一日も早く理解すればするほど、真の平和と和解が達成される日が近づくのです。」

注: 日本の報道では、イスラエルのエルサレム併合が違法とされてきたことが強調されますが、六日戦争でイスラエルが占領するまで、エルサレムがヨルダンによって違法に占拠されてきたことはあまり伝えられません。因みに、六日戦争は、エジプト・シリア・ヨルダンからの差し迫った攻撃に対する、イスラエルによる防衛の戦争とされています。アメリカのニッキー・ヘイリー国連大使が着任に際し、「国連での不当なイスラエル叩きの日々は終わった」と宣言したことも踏まえ、エルサレムの問題も、歴史的背景も含めて深く学ぶ必要があると思います。

エルサレムのトラックテロ:兵士たちは何故そこにいたのか

1月8日、エルサレムの旧市街地で、パレスチナ人が運転するトラックがイスラエル軍兵士の群れに突っ込み、4人(女3、男1)が死亡し、十数人が負傷しました。死亡者の1人は22歳、残りの3人は20歳だったということです。 (写真は、ネタニヤフ首相のブログから)

c1rvbtzweaamm4r日本の報道は、若い兵士たちがバスで旧市街地に着き、整列しているところだったと伝えました。彼らが研修の一環でエルサレム市街を見学していたと説明した記事もありましたが、それだけでは深い意味は伝わらなかったように思います。

私は昨年の6月にエルサレムを訪れ、滞在中は毎日のように旧市街地に行きました。そのうち一日は、エルサレムに何代にも渡って住んできたユダヤ人だというガイドのローネン・マリク氏と一緒に、歴史も含めていろいろ学びながら、「嘆きの壁」などを見学して歩きました。

そして気付いたのは、あちこちでイスラエル軍の若い兵士のグループも同じように学んでいたことです。一人の若い将校の説明を、5-6人のさらに若い兵士たちが熱心に聞いていました。

ローネンは将校の多くと顔見知りのようで、親しげに彼らに話しかけ、私にも紹介してくれました。そして、高校を出て兵役に就いた若い兵士たちに、ユダヤ人の歴史、イスラエル建国の歴史、建国後の歴史を教え、自分たちが何を守るのか、必要とあれば何のために戦うのかを知ってもらうために、このような研修はとても大事なのだと教えてくれました。

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ガイドのローネン・マリク氏とイスラエル軍兵士、旧市街地ジャファ門で

命を落とした4人の若い兵士たちの冥福を祈ります。

*パレスチナ自治区ガザを支配するハマスは、このテロ行為を、「イスラエルの占領に抵抗する英雄的行為を祝福する」と称えました。

ユネスコ:ユダヤ人と聖地の歴史的繋がりを否定する決議を採択

ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は教育、科学、文化の発展と推進を目的として、1946年に設立された国連の専門機関です。憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」と謳われています。

ユネスコは先月、ユダヤ人と聖地エルサレムの歴史的繋がりを否定する二つの決議を採択しました。

先ず、アルジェリア、エジプト、レバノン、モロッコ、オマーン、カタール、スーダンが、エルサレムの旧市街地にあり彼らが「アルアクサ寺院」と呼ぶ地域でのイスラエル政策を非難する決議案を提出しました。その地域は、ユダヤ人にとって最も神聖な場所である「嘆きの壁」を含み、ユダヤ人の間では「神殿の丘」と呼ばれています。決議案は、その地をアラブ名だけで呼び、ユダヤ人とその地の歴史的繋がりを否定する内容でした。

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「嘆きの壁」がある「神殿の丘」

決議案はユネスコ役員会により票決が行われ、賛成24国、反対6国、棄権26国で採択されました。反対したのは米、英、独、オランダ、リトアニア、エストニアの6国だけで、日本は棄権しました。

その翌週、今度はユネスコの世界遺産委員会が、同様な決議案を採択しましたが、そこでも「神殿の丘」という呼称は使われず、アラブ名のみが使用されました。決議案は秘密票決の結果、賛成10国、反対2国、棄権8国で採択されました。

旧約聖書の記述のみならず、数多くの考古学的発見により証明されているユダヤ人と「神殿の丘」さらにはエルサレムの歴史的繋がりを完全に否定する決議案は、イスラエル国家の正当性に挑戦するアラブ諸国の活動の一環としか考えられません。

これらの決議案には、国連の潘基文事務総長、ユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長、ホワイトハウス、米議会なども反対しましたが、ヨーロッパの多くの国が反対ではなく棄権に回ったのは、国内に抱えるアラブ系移民を刺激したくなかったためと、考えられます。

日本が棄権を選んだ理由ははっきりしません。

この問題に関するエブラハム・クーパー師の意見記事