日本に来たイスラエル医療チーム

2015年4月18日付『エルサレム・ポスト』に掲載された徳留絹枝の記事「Promise fulfilled: Israel medical team in Japan」の日本語訳

1960年代、23歳の佐藤勇は何としてもイスラエルのキブツに留まりたかった。彼は、共産主義国家ではなく民主主義国家の下での共同生活に深い興味を覚え、それに参加してみようとはるばる日本からやってきたのだ。キブツの中のアジア・アフリカ研究所で学びたかったが、彼の語学は、ヘブライ語どころか英語もおぼつかなかった。佐藤青年は、大きすぎた夢を諦めて日本に帰ったらどうか、と丁重に告げられた。しかし彼は必至に訴えた。「約束します。僕は将来政治家になって、必ずイスラエルと日本の友好親善に尽くします。だから僕をここに置いて下さい。」

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若き日の佐藤市長、イスラエル ハイファで

その願いが叶い、彼はその後の6か月をイスラエルで過ごし、日本から遠く離れたこの新しい国への生涯変わらぬ愛着を育むことになる。 “日本に来たイスラエル医療チーム”の続きを読む