カリフォルニア州知事、反BDS運動法案に署名

カリフォルニア州知事、反BDS運動法案に署名
サイモン・ウィーゼンタール・センターのプレスリリース

BDS運動(The Boycott, Divestment and Sanctions Movement)とは、パレスチナ民間団体が2005年に始めた運動で、パレスチナ問題解決のため、イスラエルに経済的・政治的圧力をかけようとするものです。

アメリカでは、BDS運動が、イスラエルを不当に攻撃する反ユダヤ的運動であり、イスラエル・パレスチナの「二国家共存」という解決に繋がらないとして、幾つかの州が反対を表明してきました。

以下は、BDS運動の是非に関し、オックスフォード大学で行われたディベートの様子です。

メリン医師の96時間

2011年、津波で壊滅的被害を受けた宮城県南三陸町に、イスラエル軍医療班が支援に駆けつけました。団長だったオファー・メリン医師は通常、エルサレム有数のシャーレセデック病院の救急医療センターの長を務めています。以下は、テロ実行犯の治療に当たることもあるメリン医師の96時間を追ったビデオです。

ミクヴェ(沐浴場)

ユダヤ人が身を清めるために入るというミクヴェ(沐浴場)のことは、これまで聞いたことはありましたが、本物は見たことがありませんでした。

最近エルサレムに旅した私は、そんなミクヴェの一つを実際に見ることができました。何代もイスラエルに住んできたユダヤ人の子孫である、ガイドのローネン・マリク氏が案内してくれたのですが、それはヨルダン川西岸にありました。彼によると、2000年前のものとされるこのミクヴェが発掘されたのは、アブラハムが息子のイサクと共に歩いたと言われる「Patriarch way」という街道沿いでした。

micveh

            2000年前のミクヴェの前で

“イスラエル・ユダヤ・中東がわかる雑誌”として知られる『ミルトス』最新号6月号に、ちょうどミクヴェに関する記事が出ています。

“ミクヴェ(沐浴場)”の続きを読む

日本に来たイスラエル医療チーム

2015年4月18日付『エルサレム・ポスト』に掲載された徳留絹枝の記事「Promise fulfilled: Israel medical team in Japan」の日本語訳

1960年代、23歳の佐藤勇は何としてもイスラエルのキブツに留まりたかった。彼は、共産主義国家ではなく民主主義国家の下での共同生活に深い興味を覚え、それに参加してみようとはるばる日本からやってきたのだ。キブツの中のアジア・アフリカ研究所で学びたかったが、彼の語学は、ヘブライ語どころか英語もおぼつかなかった。佐藤青年は、大きすぎた夢を諦めて日本に帰ったらどうか、と丁重に告げられた。しかし彼は必至に訴えた。「約束します。僕は将来政治家になって、必ずイスラエルと日本の友好親善に尽くします。だから僕をここに置いて下さい。」

Mayor-Sato_REV
若き日の佐藤市長、イスラエル ハイファで

その願いが叶い、彼はその後の6か月をイスラエルで過ごし、日本から遠く離れたこの新しい国への生涯変わらぬ愛着を育むことになる。 “日本に来たイスラエル医療チーム”の続きを読む