反イスラエル国連は是正されるか:日本の貢献

徳留絹枝

国連総会でのドラマ

6月13日、国連緊急特別総会のライブストリーミングを見ていて、その展開に思わずコンピュータの画面に釘付けになった。その日議論されていたのは “Protection of the Palestinian civilian population(パレスチナ市民の保護)” というタイトルの決議案で、ガザ・イスラエル境界線でパレスチナ人が数か月来 続けてきたデモ行動へのイスラエルの対応を、非難するものだった。それは、東エルサレムを含む占領地、特にガザのパレスチナ市民に対し、イスラエル軍が “過剰” で “不均衡” で “無差別的” な武力を行使していると痛烈に非難し、イスラエルがそのような行為を停止し、戦時における文民の保護に関する1949年ジュネーヴ第4条約に従うことを、要求していた。

国連においては、数の上で勝るアラブ・イスラム国グループと国内にアラブ系の移民を抱える欧州の国々も加わり、これまでイスラエルに対するこのような一方的な決議は当たり前のように採択されてきた。反対票を投じるのはイスラエル・米国と他の数か国だけというのがお決まりのパターンで、日本も多数側について反イスラエル票を投じるのが常だった。

しかしこの日起こったことは、イスラエルに関する限り、近年の国連では初めての展開だった。米国が、以下の内容を含む修正案を提出したのだ。

「ハマスは、イスラエルに繰り返しロケットを打ち込み、境界線で暴力行為を煽っている。ハマスが、市民を危険に晒す全ての暴力行為を停止することを求める。さらに、深刻な生活物資不足に瀕するガザ市民のために使われるべき資材が、イスラエルへの侵入を目的とするトンネルや、民間人居住地に向けたロケット発射基地などの軍事施設の建設に使われていることを糾弾する。」

米国修正案への賛否を示す電子表示版に各国の票が次々と表示されると議場はざわめき、議長が電話でどこかと話すなどして、なかなか集計結果が発表されない。そしてついに、賛成62、反対58(棄権42)の集計が掲示されると、イスラエル国連大使の顔がアップで映し出された。冷静を装い静かに拍手していたが、興奮と喜びは隠しようもない。ライブなだけに、議場の緊張とサスペンスが直接伝わってくる。

しかし最終的には、修正には2/3の賛成が必要という議事進行ルールにより、イスラエル糾弾のみの決議が成立してしまう。修正案に同意した日本も賛成票を投じた。それでも国連総会において、パレスチナ側の責任を問うことに賛成する国が過半数を超えたことの意味は計り知れない。最終的には反イスラエル決議は採択されたものの、拍手するパレスチナ代表の顔も心なしか浮かないものだった。

6月13日国連緊急特別総会の様子

この展開を、国連における大きな勝利と米国がとらえたことは、最近ヘイリー国連大使・フリードマン駐イスラエル大使・クッシュナー大統領上級顧問・グリーンブラット中東和平担当代表が、連名でCNNに書いた意見記事からも伺える。彼らはその中で、「6月13日、国連で素晴らしいことが起こった。これが国際社会のトレンドとなるなら、我々は、イスラエルとパレスチナの平和な未来に希望が持てるかもしれない。…平和は、それが現実に基づく時にのみ達成される。我々は国連でその兆候を垣間見た。流れが大きく変わろうとしている。」

しかしその後、この流れに危機を感じたと思われるアラブ諸国が発展途上国と共に、132国からなるグループを構成し、その代表には、国連加盟国ではなくオブザーバー国のパレスチナを選出した。数で勝るこのグループが今後どう動くのか、注目される。

国連と日本のメディアが触れなかったこと

国連総会で過半数の国が求めたにも拘わらず、結局その責任を問われないままに終わったハマスの行動とは、どのようなものだったのか。筆者の観察では、それらは日本のメディアでもあまり伝えられていなかったように思う。

1.市民による「平和の行進」として計画されたデモで、実際には、ガザを支配するハマスが女性や子供まで扇動し、何千人ものパレスチナ人を連日バスで境界線まで送り届け、暴動の危険に晒した。運転を拒否したバスの運転手は投獄されたとも、伝えらえている。

2.境界線のフェンスを破壊しようとした者たちは、突破後は近隣のキブツを襲撃していたであろうこと。暴徒がなだれ込んで起こすそのような襲撃で何百人もの死者が出る可能性があり、イスラエル軍は何としても彼らを境界線でくい止める必要があった。フェンスに近づいた多くのパレスチナ人が足を撃たれたのはそのためである。また死亡したパレスチナ人の大多数は、ハマスのテロリストであった。因みに、イスラエル空軍は「ハマスは皆さんを危険に晒そうとしています。境界線には近づかないように」というビラを、ガザの上空に何度か撒布していた。

3.境界線からイスラエル側に放たれた火炎凧や火炎風船は、1千件もの火事を起こし、その被害は何億円もの甚大なものとなった。焼け出された生態系が元に戻るには15年もかかると言われる。

4.死傷者が出た後も、ハマスは、世界のメディアにイスラエル軍によって殺害されたり負傷したパレスチナ人の映像を見せるため、ガザ市民を危険なデモに駆り立て続けた。軽傷を負った者には200ドル、重傷者には500ドル、そして死亡した者の家族には3千ドルを支払っていたことをハマスが認めたと報道されている。極め付きは、ハマスから2200ドルを受け取った親が、8か月の女児が境界線付近でイスラエルの催涙ガスを吸って死んだと嘘をついていたことだ。(子供は生まれつきの心臓疾患で死んだ可能性大)このニュースは日本を始め世界中で報じられたが、その後訂正記事を出したところは少ない。

5.ガザの若者たちを危険なデモに駆り立てているのは、イスラエルによる占領で彼らが未来に希望をもてないためと説明されがちだが、もっと根深い問題は、彼らが、ユダヤ人への憎しみを植え付け、殉教を称える教育を受けて育つことだ。学校で使用される教科書のさまざまな問題も指摘されている。

6.そのような教育を受けて育った者が、実際にテロ行為をはたらくと、自爆やイスラエル治安部隊によって殺害された場合は家族に、生き残ってイスラエルの刑務所に収監された場合は本人に、パレスチナ自治政府から一生にわたって報償金(サラリー)が支払われる。罪が重いほど(多くのイスラエル人を殺すほど)額は大きくなるという。その支払い総額は年間300億円を超えるが、多額のパレスチナ支援金を拠出してきた米国などが支払いを停止するよう求めても、自治政府は拒み続けている。 因みに、日本のメディアは、トランプ大統領がパレスチナへの支援を凍結している理由を、米大使館のエルサレム移転に反発したパレスチナへの報復だと伝え、これらの構造的な問題に触れることはない。

7.最後に、デモの目的として掲げられた“帰還”だが、パレスチナ側が求める、イスラエル建国時のパレスチナ難民約70万人の子供・孫・ひ孫まで含めた500万人以上のイスラエル国内への帰還は、ユダヤ人国家であり民主国家としてのイスラエルの壊滅を意味し、実現はあり得ない。ハマス指導者はそのことを知りながら、帰還を扇動している。また国務省の2015年の調査によれば、難民本人(難民の国際的定義による)で現在も生存するのは約2万人にすぎないということだが、オバマ政権はその結果を非公開にしていたという。米政府は、難民数に関する正確な情報を基に、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出金を見直す方針だと伝えられている。人道的支援の停止は米議会にも反対があり、突然パレスチナ人を見捨てるようなことはないであろうが、難民が500万人(そしてそれは毎年増え続ける)という虚構を続ける形の支援ではなく、パレスチナの人々の尊厳ある自立に向けての支援になるであろう。

日本の貢献

先ごろバンコクで開かれた「パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合」で、河野太郎外務大臣は議長を務め、日本政府が、これまで人材育成支援やジェリコの農産加工団地の開発促進などの貢献を続け、1993年以降のパレスチナへの支援総額は2千億円になること、UNRWA にも先般15億円の追加支援を決定したことなどを説明した。公式発表を読む限り、国連で過半数が賛成した“ハマスの責任追及”には言及しなかったようだ。

即ち、日本政府の姿勢には最近の国連での動きが全く反映された様子が無いということだ。さらには、パレスチナの人々への善意の支援金が、テロ活動に従事するグループに流れているという問題もある。これは、米国ばかりでなく最近オーストラリアも憂慮を示している。

日本には、長い年月パレスチナを支援してきた人々がいる。彼らのこれまでの活動を見ると、本当に頭が下がる。政府の支援もこれらの人々の支援も、中東和平を少しでも前進させることに役立って欲しい。そのためには、この問題に関する日本の国連政策や支援のあり方を包括的に見直す必要があるのではないか。そしてパレスチナを支援するNGOにも、現実をよく調査し、彼らの誠意が確実に伝わる活動を続けて欲しい。

ドイツは毅然としなければならない

デヴィッド・ハリス
米国ユダヤ人協会理事長

私の家族は、“移民” “融合” “アイデンティティー”の三つにおいて、博士号を取りました。この博士号は、大学からではなく、人生そのものから得たものです。

私の両親は、まずフランスで、次にアメリカで、二度難民となりました。新しい土地へ行くたびに、両親はすべてを一から始め、新しい言語・慣習・文化を学ばなければなりませんでした。そして彼らはそれに成功したのです。

私の妻は、リビアに住むユダヤ人を狙った1967年の虐殺から逃げるため、リビアからイタリアへ渡った難民でした。数週間身を隠した後、彼女の家族10人はイタリアにたどり着き、そしてやはり、一からすべてを再スタートしなければなりませんでした。

私の人生ではいつも、難民とその子供たちが周りにいました。学校でも、三世や四世のアメリカ人に出会うことめったになく、住んでいたニューヨークの近所にも、そのような人は存在しませんでした。

私が学んだ教訓は、“移民” “融合” “アイデンティティー”は、何層にも覆われた複雑な問題であると同時に、新しくやってきた人々と彼らを受け入れる社会双方の責任が、その中心にあるということでした。

もしある国が、移民が新鮮で希望にあふれる何かを作り出すために、安全と保護を与えて歓迎するなら、そこには新しいスタートのチャンスがあるでしょう。そのためには、移民に平等な権利と保護、そして市民権への確かな道を提供し、可能な限り、新しい言語の学習や雇用、子どもたちの教育などを支援することが必要です。

移民側も責任を負うことになります。彼らには、住む国と安全な暮らしを与えてくれた国に恩があります。私の父・母・妻はみな、それを理解していました。フランスであれ、イタリアであれ、アメリカであれ、彼らの感謝の気持ちは深いものでした。それは、ただ新しい社会に融合するだけではなく、新しいアイデンティティーを受け入れ、子どもたちにそのプライドを伝えるものでもありました。

私は、典型的なアメリカ人に見えると、よく言われます。(それが何を意味するかはともかく。)ヨーロッパに落ち着いた私の家族と違い、私は野球が好きですし、夏にはエアコンが必要ですし、ジュースには氷をいつも入れます。もっと大切なことは、私が、心から自分がアメリカ人であると感じていることです。しかし同時に私は、家族が話す幾つかの言語を学び、ヨーロッパにも親近感を感じ、関連する歴史を学びました。

アメリカは、ヨーロッパとは異なる社会のモデルを築いてきました。アメリカは常に移民と難民の国であり続けてきましたが、そのアイデンティティーは決して血統ではなく、アメリカという国は理想の国家を目指す実験だという建国来共有されてきた信念でした。多様性を肯定することは、ずっとアメリカの中心的考えだったのです。

ヨーロッパもアメリカと同じく、移民を受け入れる土地となりました。しかし、最近の出来事から見ることができるように、移民は、適切に行わなければ、問題を起こしうることも分かりました。ここで、私は、アメリカと私の家族の経験を例にして、アドバイスとなるようなものを提供できればと思います。

いくつかのヨーロッパの国はすでに、なにが上手く行かないか理解しているようです。しかしそれを、うまく行く方法に切り替えることはできていません。特に、移民の子どもたちの世代が、自分をドイツ人として、或いはデンマーク人として、それらの国を母国と感じられるという目標の達成が、難しいようです。また、ユダヤ人として私には今、懸念していることがあります。アンゲラ・メルケル首相は、ドイツが持つ暗い歴史故に、2015年に何十万人もの移民を受け入れようとしました。

もし、ドイツが暗い過去の歴史を反省するが故に入国させた人々が、シリアなどの彼らの出身国で公然と蔓延している反ユダヤ主義を(移民後も)持ち続け、反ユダヤ的行動に走ることさえするなら、これほど悲劇的な歴史の皮肉はないでしょう。

ドイツは、毅然として、そして明白に自らの姿勢を示さなければなりません。今日のドイツの柱となっている価値観は、男女平等、法の支配、宗教の自由と宗教からの自由、LGBTの権利、少数派に対する尊重、そしてイスラエルとユダヤ人への歴史的な責任です。これらの価値観は、文化的な優越感ではなく、ドイツ国民がこれまで平和、繁栄、自由と安全を守るために努力してきたという意識から生まれたものです。

私の両親は、奴隷制や残酷な人種隔離の時代が終わったずっと後のアメリカに、やってきました。しかし彼らは、この暗い歴史が今や自分たちの歴史でもあることを理解していました。アメリカの歴史を、自分たちから切り離すことはできなかったのです。ドイツに移住した人々もまた、ドイツの歴史を自分たちと切り離すべきではありません。ドイツの歴史は、今日ドイツのアイデンティティーの一部になっているのですから、なおさらです。

ドイツに移民する人々は、ドイツ社会のこれらの柱を理解し、そしてそれらに適応する必要があります。繰り返しますが、移民とは一方通行ではなく、受け入れる側と受け入れられる側の両方が行うものなのです。

私の職業人生において、私は、鉄のカーテンの反対側からだけでなく、東南アジアから来た数多くの難民たちとも仕事をしてきました。そして、1世代の間に、時には、それよりも短い時間で、価値観の変化が現れたのを目にしてきました。つまり、(出身国での)過去の思い出から得られる心地よさや支えといった感覚を捨て去ることなく、新しい国の価値観を持つことは可能だということです。

ドイツやヨーロッパの他の民主国家で、今日それが達成できないという理由はありません。しかし、楽観過ぎる考えや二枚舌を使った政策では、できません。何が移民に求められているのかが明確な政策、そして、受け入れる側と受け入れられる側双方の責任があってこそ、達成できるのです。

(日本語訳:杉中亮星)

*このエッセイは、『Journeys: An American Story』 に収録されたものです。

日本は中東で果たす重要な役割を明確に

エブラハム・クーパー師
テッド・ゴーバー博士

     

日本は過去25年にわたり、中東で重要な役割を果たしてきたが、それは主に、ヨルダン川西岸地区とガザに住むパレスチナ人の経済・社会発展への支援を通して、なされてきた。

日本が1993年以来、公衆衛生・経済成長・農業・教育・難民支援などのプロジェクトを通してパレスチナに貢献してきた額は1700億円にものぼる。これらの重要な支援活動は、20年余にわたり多くのパレスチナ人の生活の質を向上させることを助けてきた。

それに加えてこの数年は安倍晋三首相の指導と率先の下、日本の経済的・地政学的活動は飛躍的に拡大し、それは日本とイスラエル両国の安全保障と経済利益に寄与してきた。安倍首相のヤド・ヴァシェム国立ホロコースト記念館での歴史的スピーチも、世界のユダヤ人コミュニティーと日本の間の信頼レベルを高めることを助け、中東におけるさらに大きく、かつバランスのとれた日本の役割への、期待を膨らませた。

しかし、安倍首相が近年ベンジャミン・ネタニヤフ首相に示した友好姿勢が歓迎すべきものである一方、それは、国連における日本の対イスラエル公式ポリシーとは、鋭く対立するものである。入植地、境界線論争、今も続くガザでの対立などの幾つかの問題における日本の公けの外交姿勢は、日本ともイスラエルとも価値観を共有しない政権の姿勢に、より近いものである。

安倍首相のイスラエルへのポジティブな取り組みと、日本外務省のイスラエルに対する近視眼的で時には攻撃的でさえある政治的姿勢の、際立った違いには困惑させられる。外務省は、安倍首相のユダヤ人国家イスラエルに対する新しい前向きな取り組みに関して、首相官邸からまだ説明を受けていないのだと考える者がいても、責められないだろう。

外務省のイスラエルに関する立場は、日本とイスラエルが共に民主・自由市場経済国家として、利益と価値を共有している事実と、相容れないと気づくことも重要である。例えば、発展しつつある両国の商業関係を見てみよう。最初は低調なところからスタートしたが、近年は、日本とイスラエル企業間、特にハイテク、サイバーセキュリティー、健康・観光分野での関係は大きく開花している。

共通の脅威と敵対国に対峙している日本とイスラエルは、地政学的利害も共有している。北朝鮮による日本人拉致の犯罪と、日本領空を越えるミサイル発射は広く知られているが、ピョンヤンはまた、何十年にもわたり多くの方法でイスラエルに対抗してきた。

これらの地政学上そして安全保障上の現実を鑑みる時、日本の外務省が、敵対する隣国とテロ組織に囲まれた独立国家イスラエルが日々受けている挑戦を、あまりにも頻繁に無視することに、憂慮を覚える。

日本政府は、イスラエルが置かれた危険な地政学的状況と、今この地域で起こりつつある大きな変化を理解する立場にあるべきだと思える。例えば日本は、イスラエルが自国領土の一部とみなすゴラン高原を、係争中の地域ではなく、シリアのアサド大統領のものとみなし続けるべきなのだろうか。

日本の外交官が国連人権理事会において、国際的に認められた国境を自国の平和なコミュニティを狙うテロ襲撃から守ろうとするイスラエルを糾弾することは、正しいのだろうか?日本は、国連人権理事会の前身である国連人権委員会で1996年に慰安婦問題に関して提言をした報告者を直ちに退け、つい最近の2014年に至るも彼女の報告を書き変えさせようとした。しかし日本は、国際的に認められた国境を防衛しようとするイスラエルには、何としても抗議せざるを得ないと感じたという。

そうは言っても日本の外務省は結局、自国の領地と領海 ― 韓国と領有権を争う独島/竹島、中国との釣魚島/尖閣島、ロシアとの南クリル/北方領土など ― が侵されてはならないことに関しては、正しく信じている。日本の指導者は、中国とロシアの爆撃機が頻繁に日本の領空に侵入したり、中国の潜水艦が沖縄近海に入ってくることも、当然憂慮している。

外務省の国連におけるイスラエルに対する相も変らぬ姿勢は、日本の納税者に害を及ぼしていることも知られなければならない。

日本政府の何十年にもわたる寛大な国際支援は称賛されるべきだが、この3月に国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に拠出された23億5千万の支援金は、ハマスにコントロールされた教師が、パレスチナの子供たちに殉教(テロ行為)を称え、教科書にはイスラエルの地図さえ全く無いカリキュラムを用いて教育してきたと伝えられる組織に、流れているのだ。

日本の人々は、世界中の平和を支援し続けるにあたってさえ、彼らの施しの受領者の中には、ハマスのように、日本人の価値観を共有していない者もいることに気づかなければならない。

外務省は、安倍首相がイスラエルと成し遂げた画期的な成果をさらに積み上げ、日本がこれまで出遅れた分を追いつかなければならない。日本とイスラエルの人々をより近づけるため、安倍首相は懸命にそして勇気をもって立派な仕事をしてきたが、イスラエル国家に対する不公平で、時代遅れで、最終的には日本のビジネスの機会(ユダヤ人とアラブ人が共に利益を得るエルサレムの巨大プロジェクトへの著名日本企業の入札を含む)を損ねるネガティブな政治姿勢を持つ外務省は、安倍政権の何の役にも立っていない。

友好国とパートナーの間では意見の違いと政策の違いは必然的に起こるものだが、今こそ日本の外務省が、安倍首相のリードに従い、イスラエルとその隣国に対するもっと実践的で公平なアプローチを採用すべき時が来ている。

*エブラハム・クーパー師はサイモン・ウィーゼンタール・センター副館長
*テッド・ゴーバー博士はサイモン・ウィーゼンタール・センターのアドバイザー

オリジナルは Asia Times 7月29日掲載        (日本語訳:徳留絹枝)

Algemeiner  7月30日掲載版には、以下の点も付け加えられました。

― 北朝鮮が1973年の第4次中東戦争時、反イスラエル国側に航空機と人員を提供したこと。シリア・イランなどのイスラエル敵国に、武器、化学・生物兵器、核兵器技術を売ったこと。

― 日本の人々にとって平和・遊び・美のシンボルである凧が 今回はハマスのテロ行為に使われたこと。パレスチナの若者が火炎物を取り付けて飛ばした凧は、イスラエル南部三か所の森林を破壊し、5千エーカーを焼き尽くした。

北朝鮮の非核化と人権問題

トランプ大統領は、オバマ大統領がしたように、独裁者との取引のために人権をないがしろにするべきなのか。

マーヴィン・ハイヤー師:サイモン・ウィーゼンタール・センター館長
エブラハム・クーパー師:サイモン・ウィーゼンタール・センター副館長

聖書にはこのような話がある。賢者と評されるソロモン王が、居を共にする二人の女性に言い寄られる。二人はソロモン王に、自分こそが生まれたばかりの男の赤ん坊の母親であり、もう片方の女は、生まれてすぐに死んだ赤ん坊の母親であると主張しあった。

ソロモン王は、それぞれの弁を聞いてしばらく考えたあと、このように命じた。「剣をもって来なさい。生きている赤ん坊を真っ二つに斬り、体の半分をそれぞれの女に与えなさい。」

自分の息子をもう一人の女性に盗まれたと主張する女性は「お願いです、王。赤ん坊は彼女にあげてください。斬るようなことはしないで下さい。」と求めた。しかしもう一人の女性は「赤ん坊がどちらのものであれ、斬って下さい。」と言った。

ソロモン王は、人間が持つ倫理という本能と鋭い知見から「一番目の女に、殺さずに赤ん坊を渡しなさい。彼女こそが赤ん坊の母親だ。」と言った。

ソロモン王のような智賢を兼ね備えた大統領はいない。しかし、歴代の大統領は皆、ソロモン王でも悩みこむような重大な決定を迫られたことがあった。

トランプ大統領と北朝鮮の独裁者である金正恩との間で行われた、歴史的なサミットについて考えてみよう。サミットの表向きの目標は、北朝鮮の安全保障の代わりに、平壌政府が放つ核の脅威を取り除くことであった。サイモン・ウィーゼンタール・センターを含む人権団体は、トランプ大統領は、北朝鮮における宗教の自由や悪名高き強制収容所の封鎖など、人権問題も取り上げるべきだと主張した。

活動家たちは、何百万人もの自国民の人権を踏みにじるような国に、果たしてトランプ大統領は “体制の保障”を与えてもよいのかと問うた。大統領が、サミットで金正恩の悪事を問いたださないどころか彼を褒め称えたことに、深く失望したという声もあった。

しかし公平な目で見れば、トランプ大統領だけでなく先代の大統領たちもこれと同じ、またはそれ以上に劣悪なことをしてきたのである。

バラク・オバマ大統領と当時の国務長官ジョン・ケリーは、神政政治を行うアヤトラ・ハーメネイーのイラン政権と国交を回復することが、アメリカ合衆国にとって最大の国益になるという決定を下した。核の脅威は、それによって何年かは先送りされたが、彼らはその目的のため、イスラムの宗教指導者たちが司る政治からの解放を訴えて抗議するイランの人々の声に、耳を傾けることはなかった。

オバマ政権は、外交的な目的を達成するために、世界でも類をみないほどのホロコースト否定を続け、国家規模で世界のテロリズムを支援する国を正当化し、テヘランに何十億ドルもの金を与えたのである。

オバマ大統領は、危険な行動を広げさせる代わりにイランの核開発を遅らせることが、アメリカの最大の国益になるという結論に至ったと、論じるだろう。

二〇世紀、アメリカはさらに論争になるような決定をしてきた。第二次世界大戦終結後、冷戦の始まりとともに、ヒトラーのナチス政権を倒した以前の同盟国は、次々と敵へと変わっていた。1946年にドイツの戦争指導者に対して行われたニュルンベルク裁判のあと、モスクワ、ロンドン、ワシントンはナチに対する裁判を行おうとしなかった。自国にとって有益と思われるナチ党員たちを取り込むことで忙しかったからだ。リヨンの虐殺者と呼ばれたクラウス・バルビーをアメリカはフランスから匿い、共産主義者を探し出す仕事をさせていた。

自国の安全がソ連からの脅威に晒されていると信じ、アメリカ合衆国は少なくとも88人の悪名高いナチス・ドイツの科学者たちを入国させた。これらの科学者たちのなかには、ロケット開発のために奴隷労働者を使った者や、強制収容所の被害者を神経ガスの実験に使った者もいた。我が国の諜報機関は、これらの戦争犯罪者について司法省に報告せず、ある場合は彼らの戦時犯罪を司法省から隠してさえいたのである。しかし冷戦の真っ只中、もしそのようなことをしなければ、ソ連の更なる脅威にさらされていたであろう。

占領下の日本でアメリカは、悪名高い満州の731部隊で戦争捕虜たちに麻酔なしで行っていた人体実験の結果を共有させてもらう代わりに、ソビエトから戦争犯罪人である石井四郎中将を匿った。

では、トランプ大統領は“安全保障”のために、このような歴史や歴代の大統領たちが行ってきたことを繰り返すべきなのか。それとも、ソロモン王が見せたように、核の脅威を取り除き、同時に人権も保障できるような道があるのだろうか。

実はアメリカは北朝鮮よりもさらに脅威的だった相手に対して、人権を守りつつ、平和の構築を成し遂げたことがある。冷戦時代、ロナルド・レーガン大統領と当時の国務長官ジョージ・シュルツは、核開発競争と人権問題を切り離して見るのではなく、ソ連にいたユダヤ人の自由についての問題をリトマス試験として使い、ソ連の核廃棄への意図を推し量った。最終的には人権が勝ち残り、一発の銃声が響くことなく共産党のシステムは崩壊していった。

アメリカ合衆国は、金正恩の“魅力攻勢”に、融和ではなく検証可能な変化を求めて取り組むべきだ。核試験施設の一か所が爆破されるのを目撃することは重要である。しかし同様に重要なのは、金正恩の強制収容所が閉鎖されることだ。この二つが同時に成し遂げられた時、世界は初めて、朝鮮半島が、平和的統一とすべての人々に希望溢れる未来を拓く道を歩みつつあると、安心することができるだろう。

(日本語訳:杉中亮星)

オリジナルは米議会関係者向け雑誌『 The Hill 』に6月17日掲載

ヘイリー米国連大使のスピーチ

国連安全保障理事会での中東における暴力行為に関するスピーチ

アメリカ合衆国国連大使ニッキー・ヘイリー
ニューヨーク市
2018年5月15日

今日の会合は、中東における暴力行為に関して議論を行うために召集されました。私たちは皆、中東で起きている衝突を懸念しています。アメリカ合衆国は人命が失われたことに深く心を痛めます。しかし、この地域全域において数多くの暴力が広がっています。また、この安全保障理事会では往々にしてダブルスタンダードがまかり通り、今日もこうして時間外の会合を持っていることに言及しておきます。

先週、イラン軍がシリアからロケットを発射し、ゴラン高原のイスラエル陣地を攻撃しました。これは無謀な挑発行為であり、その拡大は阻止されなければなりません。それは、この会合で私たちが議論すべき暴力行為の一例です。また先週、イランが後押しているイエメン内の勢力が、サウジアラビアに対してロケットを発射しています。それは初めての攻撃ではありませんでした。

これもまた、この安全保障理事会において私たちが議論しなければならない、この地域での暴力行為です。またこの数日、イランの支援を受けるハマスが、イスラエルの警備隊とインフラ施設を攻撃するように扇動していました。これも、私たちが目を向けなければならない問題の一つです

これらの暴力行為の全てを繋いでいるのは、この地域に不安定をもたらすイラン政府の行動なのです。イランは自国民の基本的人権を侵害する一方で、中東全域における暴力を拡大しようとしています。

アメリカ合衆国は、中東におけるこれらの暴力行為について、ぜひ議論したいと思っています。私たちは、互いが協力し合い、これらの衝突に終止符が打てるような話し合いを行いたいと考えています。安全保障理事会では、シリアの不安定化を作り出し、イエメンにおける暴力行為の扇動、ガザにおけるテロリストへの支援やレバノンでの危険で違法な武器の備蓄などに加担しているイランについて、ほとんど議論がなされていません。

しかしある人々にとっては、今日の会合は、中東におけるこれらの暴力行為に関して話し合うために開かれたものではありません。それは、昨日のアメリカ合衆国エルサレム大使館開設に伴って発生したとされる衝突について、話し合うために召集されました。大使館の開設が暴力行為の理由だったと考えている人々がいるのです。それはいったいどのように正当化されるというのでしょう?

トランプ大統領が昨年12月に大使館移転の決定を発表したときに言及した通り、大使館の位置は、エルサレム内にイスラエルの主権や国境に関して特別な境界線を引くものではありませんし、係争中の境界線を解決するものでもありません。イスラエルの聖地に影響を与えるものでもありません。また今後、和平合意でいかなる交渉がなされようと、当事者の立場を前もって縛るものでもありません。平和への展望をいかなる意味でも疎外するものではありません。それでもなお、大使館の移転が暴力行為を起こさせたと言い張る人々がいます。

しかし私たちが忘れてならないことは、ハマスが、アメリカ合衆国が大使館を移転すると決定する前から、何年にも渡り暴力行為を扇動していたことです。

数日前から、複数のメディアがガザにおけるハマスの扇動行為について報道してきました。報道によると、ハマスは、地図やソーシャルメディアを通して、デモの参加者がフェンスを越えたあと、最短でイスラエル側の村落に到着できるルートを公開していました。また、ハマスがスピーカーを用いて、デモの参加者に、イスラエル兵は撤退したから(実際はしていないにも拘わらず)フェンスを突破するようにと叫んでいたこともメディアが報道しています。ハマスのメンバーは「もっと近づけ、もっとだ」と群衆をフェンスに向かうよう、扇動していました。

燃料や食料、医療器具などの輸送に使われるガザへの最大の関門所ケレムシャロムも、ハマスは攻撃しました。彼らはそれほどまでに、ガザの人々が苦境に晒されることを気にかけていなかったのです。ハマスは、火炎瓶を凧に括り付けてイスラエルに投げ飛ばし、できる限り大きな破壊を生み出そうとしています。テロリストの一人は、なぜ卍マークを凧に書いているのか尋ねられると「ユダヤ人はヒトラーの話になると頭が狂うんだ」と答えていました。

このようなことが、ガザの人々を危険に晒しているのです。間違ってはいけません。ハマスは、昨日の衝突の結果に満足しています。

この安全保障理事会に出席している同僚の皆さんにお伺いしたいです。このような行為が自分の国境で行われているとしたら、見逃すでしょうか?見逃す国はないでしょう。イスラエルは、この会合に出席しているどの国がしたであろうよりも、小規模の力で対応しました。実際、この会合に参加している数か国は、その過去の記録からして、より強硬な力をもって対応していたでしょう。

アメリカ合衆国大使館の所在地がガザでの衝突と関係があるという考えは、明らかな間違いです。そうではなく、この衝突は、いかなる場所においてもイスラエルの主権を拒絶する組織から生まれたものです。国連の加盟国であるイスラエルを破壊しようと考えることは、明らかに違法であり、それを糾弾するのならともかく、この安全保障理事会で時間を割いてまで議論すべきことではありません。

昨日の大使館開設は、アメリカ合衆国の国民にとって祝福すべき出来事でした。大使館をエルサレムに移すことは正しいことです。アメリカ合衆国の人々の意志を表現したものです。大使館をどこに置くかを決定する権利は、その国の主権を象徴するものです。この権利は、この会合に参加している全ての国が持っているものです。また、大使館の移転は、エルサレムがイスラエルの首都であるという現実を認める重要なものです。イスラエルが建国してから、エルサレムは首都としてあり続け、また、ユダヤ人にとっての何千年前からの首都でもあります。エルサレムがイスラエルの首都でなくなる和平協定が成立することはあり得ません。この現実を認めることこそが、平和達成の可能性を高める(低めるのではなく)のです。

アメリカ合衆国は、和平交渉と和平協定が進むよう全面協力するつもりです。全ての人々が、宗教の違いに拘わらずエルサレムで祈ることができる平和、全ての人の権利が尊重され、全ての人に明るい未来が照らされる平和、そのような平和こそが私たちの求めるものです。そしてこの平和は、多くの人々が認めようとしない今の現実に根差したものであるとき、初めて実現されるのです。アメリカ合衆国の昨日の行為は、現実の認識と平和への願いを促すものでした。そして私たちは、世界がこの現実的で、確かで、永続する平和を作るための道を共に歩んでいけることを心から願っています。

最後に、イスラエルが建国70周年を迎えたことに触れたいと思います。私はアメリカ合衆国の人々を代表し、この国連安保理事会の場で、イスラエルの友人たちが独立国家として70年を迎えたという顕著な成功を、祝福したいと思います。誇り高きイスラエルの人々は貧しく危機的な状況からスタートし、世界の光になるという預言者イザヤの夢を実現しました。次の70年が、力と希望と平和に包まれたものでありますように。

ありがとうございました。

(日本語仮訳:杉中亮星)

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*特筆すべき点(そして正確に報道されてこなかった点)は、今回の米国大使館移転が、これまでも将来も間違いなくイスラエルの首都である西エルサレムになされたもので、東エルサレムを将来の首都と宣言しているパレスチナとの今後の和平交渉において、双方の立場を前もって縛るものではないということです。