建国70周年を迎えたイスラエルの理解を

安倍首相は建国70周年を迎えたイスラエルを訪問し、同時にパレスチナ自治区も訪れ、日本の中立的立場を明確に示したうえで、イスラエルとパレスチナ双方に和平を働き掛けるという。

「中立的立場」という言葉は聞こえがよく、公平な立場という印象を与える。しかしそれは、双方のこれまでの行動や発言、さらには国際社会の新しい流れなどを深く理解したうえでの「中立」なのだろうか?

イスラエルは、ここ数年の日本との経済関係の拡大、日本を訪れるイスラエル人観光客の増加などが示すように、日本にとって身近な国になりつつある。しかし、かつてのアラブ産油国によるイスラエルボイコットの記憶や、日本の一部に根強いユダヤ人への偏見もあり、日本人のイスラエル理解は決して十分とは言えない。イスラエル・パレスチナ問題にしても、日本の報道にはパレスチナ寄りの傾向があり、イスラエル側の主張はあまり日本に伝わっていないのが現状だ。

日本での報道には、イスラエルがパレスチナ人の土地を占領し、パレスチナ人を抑圧しているという構図が先ずある。それに抗議するパレスチナ人をイスラエル軍が過剰な力で制圧している、という報道が一般的なものだ。しかし、それらの抗議をハマスなどの指導者が扇動していること、今回のガザのデモでは暴動化すれば死者がでることも承知で女子や子供まで駆り立ていたことなどは、あまり伝えられない。何より、これらの子供が、イスラエルやユダヤ人への憎しみを植え付け、自爆テロを賛美する教育を受けて育っていることも、日本では問題にされない。

トランプ大統領が、「国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)」に対する拠出金の支払いを留保したニュースも、彼のエルサレム首都認定に反発したパレスチナへの報復措置として報道された。そして、最大の支援国アメリカからの拠出金が凍結されたことで、パレスチナ難民への食糧、医療、教育支援などの支援活動に支障をきたし、彼らの窮状がさらに悲惨になることが強調された。しかしそれらの報道は、UNRWAが運営する学校が子供たちにイスラエルとユダヤ人への憎悪を教えていることには触れないし、国際社会からの援助資金や資材が、テロ攻撃用のトンネル建設などに流用されていることも、日本ではあまり報道されない。

また日本人の国連信望からか、UNRWA自体の問題点もめったに語られない。イスラエルの独立戦争(実際は国連のパレスチナ分割決議を拒絶したアラブ諸国が誕生したばかりのイスラエルに攻め込んだ)で発生したパレスチナ難民を救済するという短期目的で1949年にUNRWAが設立されたが、難民数は当初の約70万人から現在は500万人に膨れ上がり、UNRWAの支援で暮らしている。そして主要国からの巨額の寄付で賄われる経費の使われ方は、不透明性が度々指摘されている。

70年を経て、なぜ子供や孫の代まで難民であり続なければならないのかを解説する日本の報道はあまりない。そして、同じ時期にアラブ諸国から追放されたほぼ同数のユダヤ人難民を建国直後の貧しいイスラエルが吸収し、その中から国の発展に尽くした多くの人材が輩出されたことも日本ではあまり知られていない。20世紀においては2回の世界大戦をはじめ、多くの人々が戦禍にさらされたが、日本人を含めそのほとんどは苦難を乗り越え、何とか建設的に生きてきた。しかしパレスチナに限り、3代目に至るもまだ難民でいることの原因は何なのか。イスラエルが何度か提供した和平案を受け入れ、テロ行為に費やされる人的資源や国際社会からの支援を、健全な国家の建国に役立てることこそが求められていたのではないか。2005年にイスラエル軍が撤退した時、ガザは中東のシンガポールになれたはずなのに、ハマスが選んだのはイスラエルへのロケット攻撃で、その後もテロ活動は続いた。因みに、パレスチナ政府は、イスラエル人に対するテロ活動に関わった者(死んだ場合はその遺族)に、生涯にわたって給料を支払っており、その年度総額はアメリカ政府が毎年支給してきた支援金300億円とほぼ同額になると報告されている。アメリカ議会は最近、そのような用途に使われる支援を停止する法案を通過させた。

また日本では、イスラエルのボイコットを目指すBDS(ボイコット・投資引き上げ・制裁)運動も、あまり知られていない。この運動は、イスラエルの占領地からの撤退とパレスチナ人の人権擁護を目的としてパレスチナ人活動家が2005年に始めたものだ。南アフリカのアパルトヘイトを終焉させた運動をモデルにしたとし、イスラエルとビジネスや学術・文化交流をしようとする企業やグループに圧力をかける。最近では、ホンダがヨルダン川西岸地区で予定していたモーターバイクのレースを中止したが、BDS活動家は、「パレスチナ人の人権を侵害するイスラエルの責任を問う世界的BDS運動の成果」として歓迎した。

日本政府は、BDS運動に関して正式な立場はとっていないが、イスラエルや米国政府そして多くのユダヤ人団体は、イスラエル国家そのものの違法性を訴えることが運動の真の目的だとして、糾弾している。米国ユダヤ人協会(AJC)理事長で、毎年訪日して安倍首相にも面会しているデビッド・ハリス氏は、次のように私に書いてきた。

「表面的にどのような目的を掲げようと、BDS運動は本質的に反ユダヤであり、中東で唯一の民主国家であるユダヤ人国家イスラエルのみをターゲットとし、その壊滅を目指すものです。BDS運動に加わる企業には、以下のことを考えて欲しいです。第一にそれは反ユダヤ反イスラエル運動への参加だということ、次に、多くの州が反BDS法を成立させたアメリカ国内においてその企業の評判は著しく傷つくこと、最後にその企業は、サイバーセキュリティや未来自動車、先端医療や水処理などイスラエルの最先端技術へのアクセスを失う、ということです。」

「イスラエルの壊滅」というのはユダヤ人側の誇張ではない。ガザを実効支配するハマスの憲章は長い間それを謳ってきており、昨年その文言そのものは削除したものの、「(ヨルダン)川から(地中)海までパレスチナの地を開放する(すなわちイスラエルの壊滅)」という姿勢に変わりはない。テロ行為への過剰な対応や西岸での入植活動など、イスラエル側にも問題とされる行動はあるが、基本的問題は、パレスチナがユダヤ人国家としてのイスラエルを認めない、という一点にある。日本が「中立」という政策を取るにしても、この状況を正確に把握したうえで、国民にも説明できるような政策であってほしい。また、ニュースメディアも、国民が判断できるよう、可能な限りの情報を正確に伝えるべきだと思う。

また国際社会の新しい流れにも、目を向ける必要があるのではないか。トランプ大統領のエルサレム首都宣言、それに対して大きな抗議活動を起こすこともなかった湾岸諸国の動向、サウジアラビアの宗教指導者が初めてホロコースト否定を糾弾する声明を発表したこと、続いて同国のムハンマド皇太子がアラブ指導者として初めて ”ユダヤ人が祖先の地に住む権利” を認めたこと、米国務省の最新報告書がヨルダン川西岸やガザを占領地と表記しなかったことなど、十年一日の「中立」政策でよいのかと思わせられる展開が続いているからだ。

朝鮮半島で大きな動きが起きているように、中東でもそれは起きている。経済関係の深まりとともに、人的交流も益々増えていくであろうイスラエルに、日本はどのようなアプローチをすべきなのか。中立と宣言するのは簡単なことだが、それでは真の理解に繋がらない。建国70周年という節目に、日本人は先ず、イスラエルの歴史(特に建国の歴史)をもっと学ぶことが必要なのではないか。国連決議がイスラエルを非難してきたという事実のみを真に受けず、アラブ・イスラム国が数を頼みに「シオニズムは人種差別の一形態である」と宣言する決議を採択したのも、今でも総会やユネスコで反イスラエル決議を採択しているのも、国連であることを理解しなければならない。東エルサレムを含む西岸地域は「占領地」と呼ぶよりも「係争中の地域」と呼ぶのが国際法上正しいという説もある。歴史を正確に知ることはなによりも重要なのだ。

筆者は最近、日本でも邦訳が出た『イスラエル―民族復活の歴史 』の著者で、イスラエルのシャーレム大学副学長ダニエル・ゴーディス氏とメールを交換した。ゴーディス氏は米国とイスラエルの主要新聞に頻繁に執筆しており、発言力も大きい人物だ。公平な立場から簡潔に纏められたこの著書は、指導層への批判が許されないパレスチナと違い、自国政策への批判が世界で最も自由に時には激しく行われるイスラエルで、良書として認められた。そして、米国で最古のユダヤ関連書籍紹介団体から、2016年度最優秀書に選ばれている。

  

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ゴーディス氏が私に送ってきた言葉には、イスラエルをもっと知って欲しいという願いがあふれていた。

「日本の長い歴史や文化を理解することなく、日本政府や日本国民の行動を理解することはできないでしょう。イスラエルも同じです。日本の方々には、日々の新聞の見出しを追うだけでなく、ユダヤ人の長い歴史と遺産、そして(祖先の地に帰るという)シオニズムが何千年にもわたるユダヤ人の夢と切望であったことを、理解してほしいと思います。」

私が個人的に知るユダヤ系の人々は、誰一人反パレスチナではない。彼らの全員が、パレスチナの人々に真の平和と健全な暮らしをもたらすために尽力するパレスチナ人指導者が現れて欲しいと、口を揃える。一方パレスチナ支援活動を続ける日本人の努力も尊いものだ。イスラエル・パレスチナ問題に関し、歴史を学び、正確な情報を得て、平和構築に貢献できるような日本であってほしい。

徳留絹枝