菅首相は安倍首相の中東政策の成果を引き継ぎ、推し進めよ

安倍首相のイスラエルへの前向きな取組みと外務省のアプローチに大きな違い

エブラハム・クーパー、徳留絹枝、テッド・ゴーヴァー
2020年10月5日

 Rabbi Abraham Cooper,  Kinue Tokudome,  Ted Gover

日本の新首相である菅義偉氏は、前任者の安倍晋三氏の中東政策の遺産を受け継ぎさらに発展させるとともに、日本の中東政策に必要な幾つかの変更を実施する機会に恵まれています。

日本は30年近くにわたり、ヨルダン川西岸とガザのパレスチナの人々への経済的・社会的開発援助を通じ、中東で重要な役割を果たしてきました。 1993年以来、日本は、農業・経済開発・難民支援・医療サービスを促進するパレスチナのプログラムに、$1.7 billion(約1,800憶円)以上を惜しみなく寄付してきています。

これらの重要なイニシアチブが、パレスチナの多くの人々の生活の質を改善させるのに役立ったことは、疑いありません。

さらに安倍首相のリーダーシップの下、日本は、イスラエルの人々への経済的および地政学的関与を拡大しました。 2015年に安倍首相がイスラエルのヤドヴァシェムホロコースト記念館で行った歴史的なスピーチは、日本と世界中のユダヤ人コミュニティとの間の信頼を高め、日本が中東においてさらに大きく、よりバランスの取れた役割を果たす契機となりました。

しかし、近年の日本のイスラエルへの友好的働きかけが歓迎すべき進展である一方、それは、日本の国連におけるイスラエルに関する公式の立場と一致していません。入植地問題からガザの緊張、ゴラン高原領有問題に至るまで、国連における日本の外交姿勢は、日本ともイスラエルとも価値観を共有しないレジームと協調し合うものです。

安倍政権下では、彼のイスラエルへの前向きな関与と、外務省のユダヤ人国家に対する非協力的政治姿勢との間に、著しい違いがありました。安倍首相のイスラエルに対する前向きな取り組みと外務省の中東に対する時代遅れのアプローチとの明白な違いは、この地域の地政学的な利害関係と新しい現実を考えるとき、懸念の材料でした。

菅首相の新政権には、この状態に必要な修正を加える機会が与えられています。今がそのタイミングです。

ここ数ヶ月、中東の力学は大きく変化しました。イランの相変わらずの好戦的姿勢とパレスチナの頑なさの中にあって、イスラエルは、アラブ首長国連邦とバーレーン王国と歴史的な和平協定を結びました。これらの協定は、アラブ人とユダヤ人の間に無限の可能性を解放しつつあります。そして日本の外務省にも、時代に合った新しいアプローチを採用するよう、働きかけることが期待されています。

重要なことは、イスラエルに対する外務省の見解が、両国が民主主義と自由市場経済を標榜し、利益と価値観を共有している事実と矛盾していることに、気付くことです。たとえば、両国間で拡大する商業関係を考えてみましょう。当初それほどではなかったものの、近年の日本とイスラエルの企業間の関係は、特にハイテク、サイバーセキュリティ、健康医療、観光の分野で飛躍的に拡大しています。

イスラエル企業が、両国の共通する価値観、また中国とイランの新しい軍事および貿易パートナーシップに関する懸念から、中国よりも日本とのビジネスを好むことは、言及に値します。

日本とイスラエルは、他にも共通の敵に直面しています。北朝鮮です。北朝鮮が日本人を拉致し、その領空を越えてミサイルを発射する犯罪は広く知られていますが、北朝鮮は何十年もの間、さまざまな方法でイスラエルに敵対してきました。

菅政権は、イスラエルに対する見方を再検討し、進行中の不安定な地政学的状況を考慮する必要があります。たとえば、日本の外交官は、イスラエルが領土の一部として扱うゴラン高原を、紛争地域ではなく、シリアのアサド大統領が所有する土地として扱い続けるべきなのでしょうか。

日本の外交官が国連人権理事会で、イスラエルが、国際的に認められた境界線を、自国の平和なコミュニティを狙うテロ攻撃から守ろうとするのを糾弾することは、正しいのでしょうか?

日本の外務省も、竹島/独島を巡って韓国と、尖閣諸島/釣魚島をめぐって中国と、北方領土/南千島列島を巡ってロシアとなど、主張が重複する自国の領土と海域も含み、侵されてはならない権利の正当性を信じているではないですか。

日本の指導者たちは、中国とロシアの爆撃機による領空への頻繁な侵入や、沖縄海域への中国の潜水艦の侵入についても、当然のことながら懸念しています。

その他に焦点を当てるべき問題は、この地域における外務省の援助政策です。

日本政府が何十年にもわたり中東に寛大な援助を行ってきたことは称賛されるべきです。最新の援助提供は、国連難民救済事業機関(UNRWA)への2,240万米ドル(約24億円)でした。しかしそれらの援助金が、問題の多いプログラムにも流用されているのです。

これらの援助の一部は多くの場合、ハマスが統率する‶教育者"が殉教(つまりテロリズム)を称賛し、社会の教科書の地図にイスラエルが無いようなカリキュラムでパレスチナの子供たちを教育する組織に、提供されます。

日本の人々は世界の平和を支援し続けるでしょうが、その受益者の中には、ハマスのような彼らの価値観を共有しない者もいることを、認識しなければなりません。

新政権が中東における新しい進路を切り開こうとする今、菅首相は、外務省のイスラエルへのアプローチを変えることで、近年の画期的な成果をさらに発展させることができます。外務省のイスラエル政策のリセットが行われなかった場合、日本人とユダヤ人を近づけた安倍首相の歴史的業績で得られたものが、失われてしまう危険があります。

日本に新しい指導者が誕生した今は、イスラエルとその近隣諸国に対しより実用的で公平なアプローチを採用するよう、外務省を新しい方向に導く絶好の機会です。

 

*エブラハム・クーパー師はサイモン・ウィーゼンタール・センター副館長
徳留絹枝は「ユダヤ人と日本  Jews and Japan (@JewsandJapan) 」の管理者
テッド・ゴーヴァ―はカリフォルニア州クレアモント大学院大学で教鞭を
とり、サイモン・ウィーゼンタール・センターのアドバイザー

オリジナルはAsia Times に掲載

「記憶」が持つ普遍の力を信じて

サイモン・ウィーゼンタール・センター副館長
エブラハム・クーパー師 (通訳:徳留絹枝)

2000年2月17日 衆議院第二議員会館

本日は、「恒久平和のために真相究明法の成立を目指す議員連盟」の皆様からご招待を頂き、このようにお話しできますことに、心から感謝申し上げます。

今日、皆様と私を引き合わせたものは何なのでしょうか。共通の言葉でしょうか。いいえ、私は有能な通訳がいなければ皆様と対話を持つことはできません。共通の文化でしょうか。いいえ、私達は共に野球を愛し、最新技術に魅せられ、同様のファッションを追いかけたりはしますが、それぞれの持つ文化の違いは、私達の間に横たわる太平洋ほど深いものです。それでは共通の宗教でしょうか。いいえ、今日お集まり頂いた皆様の中にユダヤ教信者の方がいらっしゃるとは思えません。

私が、今日こうして皆様と共におりますのは、サイモン・ウィーゼンタール・センターと寛容の博物館を代表する私が、私達の間にあるさまざまな違いを超越したところで私達が共有している普遍的真実があるはずだということを、信じているからです。そしてその真実こそは、私達全員の将来にとって最も重要な鍵であると信じるからです。

ユダヤの賢人は、記憶の中に再生への可能性が秘められ、忘却の中に破滅への道が潜んでいると説きました。確かに、歴史の真実を知ることは必ずしも快い体験とは限りませんし、何かを保障するものでもありません。

今世紀は、ユダヤ人にとって、祖国を持つという2000年来の夢が叶った時代でした。1950年生まれの私は、同世代の何千人という若いユダヤ人と同様、聖なる地イスラエルでモーゼの伝統を学ぶという機会に恵まれました。しかし同時に、今世紀のユダヤ人の体験は、そのような輝かしい出来事以上に暗い出来事で、新しい命の息吹ではなく民族の絶滅のイメージで、希望ではなく恐怖で彩られていたと言えると思います。アウシュビッツ・トレブリンカ・マイダネックといった土地の名前、或いはヒトラー・アイヒマン・メンゲレといった人物の名前を耳にするだけで、ホロコーストの生還者は、犠牲となった600万人の愛する者達の亡霊を垣間見るのです。そしてその中には、150万人の子供達が含まれていました。私達の世代がそれらの名前によって掻き立てられる感情は、怒りであり、不安であり、時としては叶うことのない復讐への欲求でさえあります。

そうであればこそ、本当に長い年月、自由主義諸国の政治指導者達が、ユダヤ人指導者達が、そして親や教師達が、同じアドバイスを与え続けてきたのです。…もう過去のことは忘れよう。許し忘れて、未来に向かおうと。…

たった一人を除いて誰一人、ナチスによるユダヤ人絶滅計画がやがてカンボジアやイラク・ルワンダ・そしてユーゴスラビアでの大量虐殺に繋がっていくことを、考えた人間はいませんでした。このたった一人のホロコースト生還者がいなかったなら、世界はホロコーストの悲劇を忘れていたかもしれません。しかしサイモン・ウィーゼンタールは、決して世界にホロコーストを忘れさせはしませんでした。彼は、決して次の世代の若者に憎しみを引き継ぐことをさせなかったのです。

今年91歳になるサイモン・ウィーゼンタールは、戦前は建築家になる勉強をしていましたが、ホロコーストで夫人と共に89人の家族を失い、自分自身は45キロまで痩せ衰えて地獄の淵から生還しました。そして彼は、記憶の守り手になったのです。1945年5月の開放の日から、ヴィーゼンタールは兵を持たない戦士として、肩書きのない外交官として、教会を持たない伝道師になりました。絶滅収容所の絶望のどん底にあって、彼は、世界がその後50年かかってやっと学ぶことができた教訓を、既に本能的に悟っていたのです。すなわち、戦争と人種偏見と反ユダヤ主義と大量殺人によって破壊されてしまった世界に、正義と理想を取り戻す唯一の方法は、罪もなく犠牲になった一人一人を決して忘れないことであり、人々が他人への思いやり・公平・寛容といった価値観を取り戻す唯一の方法は、犯罪者を公正な法の下に裁くことであるという教訓です。ウィーゼンタールは、殺人者の子供達にも犠牲者の子供達にも同じメッセージを伝えてきました。即ち、集団としての責任を考えることは大切だが、新しい世代が集団的罪悪感をもつ必要はない、ということです。復讐心に根ざした行動ではなく、法の下での正義を求めなさいというメッセージです。

つい先ごろストックホルムでは、スエーデン政府がホロコーストの歴史と向かい合う国際会議を主催し、40ヶ国の元首が参加しました。しかし、ウィーゼンタールは、それに先立つ55年間もの長い年月に渡り、無関心な世界に向かって「毎日が追悼の日でなければならず、沈黙は過去の容認である。歴史を忘れることは、次の世代の殺人者を生み出す可能性につながり、過去の犯罪の隠蔽をもたらす。」と訴え続けてきたのです。

サイモン・ウィーゼンタールが、祖国オーストリアにヨーク・ハイダーという危険な政治家が登場するのを見届けるまで生き長らえたという事実には、何か正義の力が働いているように思えてなりません。確かにハイダーは、民主主義に乗っ取った正当な方法でその権力を手にいれました。また、彼は1943年当時(ユダヤ人殺戮のピーク)のヒトラーほど危険ではありませんし、1933年(ヒトラーが政権を掌握した年)、1923年(ミュンヘンで政権転覆を図ったヒトラーが国家反逆罪で逮捕された年)のヒトラーでさえないかもしれません。しかし、ウィーゼンタールは、ヒトラーが頭角を現した当時、人々が彼をまともに相手にせず無関心でいたことを、世界中に思い出させるのです。そして、人々の無関心こそが、扇動政治家には何よりも必要だったのです。ですから、今回世界が、ウィーゼンタールが訴え続けてきたメッセージに耳を傾け、沈黙を選ばなかったことに、私達は希望を見出すことができます。欧州連合の諸国をはじめ幾つかの国々が、オーストリアで起きたこの政治的展開を断じて容認できないと、明確に伝えたからです。

今回中央ヨーロッパで起きた出来事は、過去の暗い歴史の記録をなぜ私達が全て公開しなければならないかを、改めて教えてくれます。また、ウィーゼンタールの名前を冠する私共のセンターが、合衆国議会での「ナチ犯罪資料公開法」の通過を強力に支援したこと、その法律が上下両院で圧倒的多数の賛成を得て成立したことをどれほど誇りに感じているかも、ご理解いただけると思います。この法律によってようやく人々の目に触れることになった新しい資料は、ナチスドイツばかりでなく、それに対して当時のアメリカがどんなに不適切な政策を採っていたかという問題に関しても、さらなる洞察を提供することになるでしょう。それらの政策のあるものは、ヨーロッパユダヤ人の運命を封じてしまうという悲劇をもたらしましたし、戦後においては、夥しい数のナチ戦争犯罪人のアメリカ入国を可能にしてしまったのです。

私は、クリントン大統領がこの法律にホワイトハウスの執務室で署名する式典に招かれ参列したことを、アメリカ市民として大変誇りに感じました。ウィーゼンタール・センターは、ダイアン・ファインスタイン上院議員が提出した、アジア太平洋戦争に関する全ての資料にも同様な取り組みを求める法案をも、当然支援しています。そしてこの法案も、ホワイトハウスでの署名式典で正式な法律になるものと確信しております。

私は、今日このようにして、私共と全く同じ目的のために努力を続けてこられた日本の国会議員の皆様と同席できますことを、本当に光栄なことだと感じております。皆様がなさろうとしていることは、恒久平和の達成のために、大変つらい過去であっても、歴史の真実という重要な遺産を、次の世代に残そうとするご努力だからです。

しかし残念なことに、1930年代・40年代の戦争犯罪への取り組みに関する限り、日本ではまだコンセンサスは出来上がっていないようです。活動家の皆さんのご努力にも拘わらず、この問題に関する日本での論議は、私達の目には往々にして、冷静で真摯な歴史究明ではなく感情的な応酬に陥ってしまっているように映ります。

日本の戦争犯罪の問題は、あまり話題にならない時期が長く続いていましたが、最近になっていくつかの出来事があり、世界の関心を集めることになりました。中でも特筆すべきは、アイリス・チャン氏が書いた「レイプ・オブ・南京」という本が、多くの読者の心を捉え、世界的なベストセラーになったということです。しかし日本国内では、ストックホルム会議の壇上でドイツのシュローダー首相が過去に対する責任を改めて認め、ナチ主義の犠牲となった人々への追悼を表明しているまさに同じ時期に、国粋主義グループが、南京虐殺を否定或いはその規模を小さく見せようと試みる会議を、大阪で開催しました。またある人々は、昭和天皇の歴史的評価を高めようと、アジア諸国の何百万人の人々に訪れた“開放”が、日本の占領と支配の結果によるものだったと、歴史を美化しようとしています。右寄りでも左寄りでもない普通の日本人でさえ、加害者であった自国の歴史に向かい合わず、原爆の被害者としての意識だけを持ち続けているという意味では、間接的にこれらの歴史修正派の手助けをしていると言えるでしょう。

そうであればこそ、皆様が目指しておられる法律の成立が何より重要なのです。皆様のご努力は、日本の若者達が人道的価値観を育んでいく過程において、大きな助けになるにちがいありません。

カリフォルニア州ロサンゼルスに本部を置く私共のセンターは、環太平洋地域にある唯一のユダヤ人人権擁護団体です。また世界で最も数多くの会員を有するユダヤ人団体でもあります。サイモン・ウィーゼンタール・センターと日本との繋がりは、もう15年も前に遡ります。私共の最初の活動は、この国で反ユダヤ主義の書物が数多く出版された時、反ユダヤ主義が歴史的にどんな悲劇を巻き起こして来たかを日本の人々に知ってもらうことでした。私達の次の活動は、ホロコーストの歴史或いは他のユダヤ人歴史に関して、日本のメディアで報道された誤りを正すことでした。私は、私共のセンターが製作した展示「勇気の証言」の日本語版が、日本全国40余りの都市で100万人を越す方々にご覧頂けたことを、大変誇りに思っております。

そして、私共のセンターが日本の方々と一緒に活動していきたいと考える三つめの理由があります。それは、歴史の真実と記憶の価値を守る為の戦いです。この問題に関しましては、第二次世界大戦中に日本軍によって被害を受けた人々に対する金銭的補償の要求など、それが正当な要求であるか否かはともかく、いろいろな団体がそれぞれ異なる理由から活動しています。それらの団体の中には、私共が共感を覚える団体もありますが、私共は決して彼らの行動をコントロールしてはおりませんし、コントロールしたいとも操りたいとも考えておりません。そしてさらに付け加えるならば、私共は、歴史的根拠もないまま、第二次世界大戦中の日本の行動を非難したり、日本或いは日本国民、そして日米関係を傷付けようと試みるグループには、全く与するつもりはありません。私共の目指すものは、他の全てのグループとは明確に異なるものです。サイモン・ウィーゼンタール・センターは、第二次世界大戦時の全ての資料の公開こそが、歴史の真実を究明し日本とその隣国との間の和解への基礎を築く道であると、信じています。これこそが、私共が取り上げたい問題であり、日本そして米国両国に考えて欲しい問題なのです。

超党派でこの問題に取り組んでいらっしゃる皆様の同志として、ここに立つことを、私が大変名誉に思う理由はそこにあります。なぜなら、サイモン・ウィーゼンタール・センターが日本・米国・中国・ロシアが現在所有している歴史的資料を国際歴史調査委員会に対して全て公開するよう提案している現在、皆様の活動は、国際的な意味を持ってくるからです。私は、著名な歴史家によって構成されるそのような歴史調査委員会が、日本政府の呼びかけによって東京に設置されることを期待しております。そしてその委員会の唯一の目的は、歴史の真相究明という事業を政治から切り離すことにあります。一旦、この委員会がその事業を完成させ、その成果を公表したならば、それらは、将来の世代が過去の教訓を学ぶうえで、基本的な拠り所となることでしょう。

全ての歴史資料の公開という私共の主張はワシントンにも向けられています。私自身ジャネット・リノ司法長官・国防省関係者と面談し、太平洋戦争関連の資料の公開を要請しました。それらの資料には、大戦終結後、非人道的な人体実験から得られたデータと交換にアメリカが日本の戦争犯罪人に与えた免責に関するものも含まれています。免責はアメリカが犯した重大な過ちでありました。なぜ免責を与えてしまったのか、いったい誰がその決断を下したのかを知ることは、歴史家や一般の人々にとって、生きた人間を使って行われた731部隊その他の恐るべき実験施設の実態を知ることと同じ位に、重要なことなのです。

皆様の多くも御存知のように、日本の政府高官は今日に至るまで、731部隊に関わった者達に関する情報も含めて、これらの資料が存在することさえ認めていません。ワシントンの関係者達も、この問題に誠意をもって取り組んでおりません。しかしこの問題は、両国のこのような不誠実な対応を容認するには、あまりにも重要すぎるのです。歴史の真実は、政治を越えたところに存在するべきだからです。日米間の敵対関係を正式に修復するために戦後日本とアメリカの間で結ばれた講和条約は、政治的なものでした。それは日本国の主権回復に関するもので、責任に関するものではありませんでした。しかし「記憶」こそは、真の信頼関係の根底にあるものであり、将来の国際関係や国民と国民の関係を左右していくものなのです。

21世紀を迎えるに当たり、思慮深い日本人達がアジア太平洋地域との関係を考える際、参考にできる二つのモデルがあります。最初のモデルは、戦後のドイツとユダヤ人の関係です。ドイツが自らの過去に対して人道的責任を認めたことで、彼らは、ユダヤ人社会との関係を、徐々にではありますが正常化させることに成功しました。もう一つのモデルは、1915年に起った悲劇をめぐっていまだに癒されていない、トルコとアルメニアの間の対立関係です。

「陰謀」の専門家ではなく「記憶」の専門家であるサイモン・ウィーゼンタール・センターは、皆様が日本政府に最初のモデルを参考にするようにと働きかけていく努力を、支援したいと思います。アジア諸国の人々の中に今でも残る心の傷を癒そうと努力することで、日本は、彼らの不信感を取り除くでしょうし、戦後、他の分野で達成した輝かしい成功に「信頼」という一項目も付け加えられることでしょう。

最後に、記憶と正義と和解のために続けておられる皆様の尊いご努力に、改めて敬意を表し、私共からの変わることない支援と協力をお約束して、私の講演を終らせて頂きます。

*この講演は、当時の民主党議員が中心となり活動していた「恒久平和のために真相究明法の成立を目指す議員連盟」の招待を受け、行われたものです。

大切なのは「歴史」ではなく「記憶」:サイモン・ウィーゼンタール・センターの取り組み

『第三文明』2019年6月号に掲載された、サイモン・ウィーゼンタール・センター  Associate Dean, Director Global Social Action Agenda の エブラハム・クーパー師へのインタビュー記事です。「歴史」を学ぶだけではなく、共感を伴った「記憶」活動が大切というメッセージに、彼の目指すものが溢れています。

米議会は人間の盾利用のテロリストに挑め

エブラハム・クーパー
サイモン・ウィーゼンタール・センター
Associate Dean, Director of Global Social Action Agenda

戦争が起こると、必ず罪のない一般市民も犠牲になります。しかし、軍が自軍の兵を弾丸から守るために民間人を人間の盾として使うことは、文明国家と国際法(1949年のジュネーブ条約・1977年の追加議定書・1998年の国際刑事裁判所ローマ規程)支持者からすると、戦争犯罪以外の何ものでもありません。

第二次世界大戦時、ヨーロッパやアジアでは、枢軸国が軍人を守り反乱分子を根絶するため、人間の盾を使用したとして非難されました。また、負けると分かりながら日本軍が戦った沖縄戦でも一般市民が激しい戦闘に使われ、10万以上の沖縄市民が亡くなりました。

サッダーム・フセインは、人間の盾の利用レベルを格段に高めました。1990-1991年の湾岸戦争前夜、フセインは、他の国からのロケット攻撃を防ぐため、西側諸国の市民を人間の盾として捕らえました。多くの捕虜たちがフセインと面会しているところを映像として映され、彼への直接攻撃を避けるために移動を共にさせられました。またある者は、軍施設や産業地域の近くに監禁されました。

最近では2016年に、ISISがファルージャにて捕虜たちを人間の盾として利用し始めました。Fox Newsによると、盾として使われたのは何百もの家族、つまり、地域に住む人すべてだったということです。USA Todayは、ISISのテロリストは、何組かの家族を病院に監禁していたとも報道しています。また、イラク政府と国連は、ファルージャでは少なくとも5万人の罪のない市民が捕らわれていたと推定しています。

このような歴史があるからこそ、今回米議会に提出された法案が重要なのです。共和党のテッド・クルーズと民主党のジョー・ドネリー両上院議員は、ヒズボラ・ハマス・パレスチナのイスラム系ジハード、ナイジェリアのボコハラムやその他テロリストグループによる人間の盾使用に対抗するため、最近では本当に珍しくなった超党派による法案を提出しました。

なぜ、今そのような法案が必要なのでしょうか。そして、それがどのような結果をもたらしてくれるのでしょうか。

ここまで例として取り上げてきた人間の盾は、どれも、戦いが激化した際や、抗戦での最後の悪足掻きとして使われてきました。

しかし現在の私たちは、人間の盾の使用を戦略の重要な柱と考える、イランに支持されたテロリストグループとの戦いに挑んでいます。この数か月、ハマスは、ガザとイスラエルの境界線で繰り広げる暴動に子どもたちを使用してきました。イスラエルの兵士が現場へ駆けつけ、子どもたちを見つけたとき、一瞬子どもたちを標的とすることに躊躇います。この罠により、すでにイスラエルの一人の兵士が犠牲になりました。

間もなく退官する米国連大使のニッキー・ヘイリーは、安全保障理事会や国連総会でハマスを非難してきました。しかし、国連加盟国は彼女と異なり、ハマスではなく、いつもイスラエルを非難するのです。これではハマスに、もっと多くの子どもたちを犠牲にさせるだけです。死んだ子供のイメージは、ソーシャル・メディアに使うには最適だからです。

イスラエルとの戦いの最初の頃、ハマスは、市民のインフラを利用してきました。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の学校にミサイルを貯蔵し、イスラエルに向けて発射するための場所として使いました。子供たちが砲弾の餌食となる中、ハマスは、市民の病院を格好の隠れ家として使用しています。そして、パレスチナの子どもたちは、イスラエルへ続くトンネルを掘らされている最中に命を落としているのです。

またユダヤ国家との戦いに備えて、UNRWAの学校で勉強する学生は、夏休みの間、実弾を使った訓練を受けています。やがて殉教者になる時はできるだけ多くのイスラエル兵を道連れにするために。

レバノン南部の状況はさらに深刻です。

ヒズボラは、レバノン南部の各地に10万を超えるロケットと軍の施設を散りばめています。これらの地域のすべてには、一般市民が生活をしています。イスラエル北部を攻撃しながら、レバノンの市民の間での犠牲を増やすことが、戦略です。国境を防衛しようとするイスラエルを非難する国連決議はすでにありますから、ヒズボラにとって、あと必要なのは、罪のない市民たちが犠牲になるストリーミングビデオだけです。

21世紀の今起きているこのような野蛮な出来事を世の中にさらけ出す法案は、歓迎すべきものです。これで国連も、やっと人道的被害を未然に防ぐ行動を始めるか、少なくとも誰がこのような犯罪を犯しているのか気付くのではないでしょうか。

サイモン・ウィーゼンタール・センターは、クルーズとドネリー両議員主導の法案に、民主・共和の両党から支持が増えていることを歓迎します。これだけでも、イスラエルやナイジェリア、そして命の大切さという私たちの価値観を私たちを滅ぼすために利用するテロリストに標的とされた全ての国と、アメリカは共に闘う、と伝える十分なメッセージになるからです。

(日本語訳:杉中亮星)

* クルーズ・ドネリー法案「S. 3257, Sanctioning the Use of Civilians as Defenseless Shields Act」は10月11日上院で可決されました。

先日エルサレムを訪問した杉中亮星さん

UNRWAはパレスチナ難民の再スタートを助けなかった。

エブラハム・クーパー師
マーヴィン・ハイヤー師

UNRRAと UNRWA、よく似た名前です。どちらも難民を救うために設立された国連機関です。一つは役目を終えて閉鎖されました。他方は、一時的であった問題を平和への巨大な障害物に変身させました。

第二次大戦とナチスによる欧州ユダヤ人虐殺が最大規模で行われていた1943年11月、国連(前身)は、枢軸国の攻撃から逃れた難民を支援するRelief and Rehabilitation Administration(UNRRA)という組織を設立しました。大戦終結後、UNRRAとその後継組織 International Refugee Organization (IRO) は、推定1,000万人もの難民を助けました。前例を見ないほどの大規模な人道的危機に、米国はどちらの組織にも最大の寄付国となりました。

ホロコースト生還者25万人あまりが “displaced persons (行き場を失った人々)” と定義され、戦後ドイツで UNRRAが管理する収容所で1947年まで暮らしました。彼らは家族も友人も住む社会も何もかも失った人々でした。地域組織の全ても破壊されていました。ポーランドでは、新しい人生を始めようとするユダヤ人が嫌がらせを受け、ポグロム(ユダヤ人狩り)で殺されることさえありました。生還者は絶望を味わいましたが、その後の全人生を難民でいようと思うほどは、決して絶望していませんでした。彼らは、ユダヤ人国家或いは米国・カナダ・英国・オーストラリアのような安全な民主国家で人生を再構築することで、やがて生まれてくる子供たちの将来を夢見たのです。誰ひとり、国連が彼らと彼らの子供や孫やひ孫まで永久に面倒を見てくれるなどと、期待することはありませんでした。

国連は、ホロコースト被害者と何百万人もの他の難民に対し、国連の支援は一時的なものであることを明確にしていました。戦後ドイツの補償プログラムさえも、ホロコースト生還者のみを対象としたもので、受給者はその資格を証明しなければならなかったのです。被害者としての資格は、誰かに受け継がれるべきものでは決してありませんでした。

世界のユダヤ人は自分たちの責任に気づき、行動を起こしました。American Jewish Joint Distribution Committee は、難民に食品や衣服を与え。ORT (ユダヤ人のための職業訓練団体) は、職業訓練やヘブライ語教育を提供し、Immigrant Aid Society (HIAS) も支援の手を差し伸べました。米国や英国、そしてドイツの英国占領区域には、難民が、アウシュビッツの解放から3年もしないうちに国連がユダヤ人国家として認めたイスラエルに移住できるよう、後押してくれる委員会が存在していました。歴史上最悪の犯罪を生き延びたユダヤ人たちが新しい人生を踏み出し、世界をよりよい場所に変えていく中、UNRRAとIRO は歴史の小さなエピソードとして、あっという間に人々の記憶から消えていったのです。

一方、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、著しく異なる道のりを歩んできました。UNRWAは70万人のパレスチナ難民の人生の再建を助けるのではなく、被害を制度化してしまったのです。UNRWAの設立は国連の二つの決議に基づいています。国連総会決議194は、「故郷にもどり、隣人と平和のうちに暮らす事を希望する難民はそうすることが認められるべき」と定めました。これが、UNRWAの正式な設立を決めた1950年の決議302に繋がりました。UNRWAはそれ以降、パレスチナ難民の問題を解決するのではなく、延々と長期化させてきました。“難民”という地位を、次世代から次世代へと授与していったのです。68年が過ぎ、それは現在530万人のパレスチナ人に奉仕しています。

パレスチナ難民の苦難を軽減するという委託を受けたUNRWAは、しかし実際には、イスラエル人に対する扇動をプロモートし、存在もしない何百万人ものイスラエルへの“帰還権”を強調し(これはユダヤ人国家イスラエルを破壊する)、そしてイスラエルの国さえ描かれていない地図を使ったカリキュラムを採用、といったことを繰り返してきました。彼らの教科書は、(エルサレムの)嘆きの壁や(ベツレヘムの)ラヘルの墓や(ヘブロンの)族長たちの墓などのユダヤ人の最も聖なる場所を、イスラム教のみにゆかりの地であり、ユダヤ人たちが盗もうとしていると教えています。

UNRWAはガザでのテロ活動を手助けしています。2014年の抗争中、テロ用トンネル・武器庫・ロケット発射施設は、ハマスのメンバーが職員で教員組合を支配する学校と連携していました。UNRWAの学校は2018年5月14・15日、イスラエル境界線での暴動に生徒を参加させるため突然休校となりました。それはハマスが、流血の対決として計画したものでした。(実際ハマスは、米大使館のエルサレム移転と合わせて決行されたこれらの暴動で死んだ62人のうち53人はテロリストだったと認めています。)

ガザに住む180万人のうち140万人は、その殆どが本人も父母も祖父母もそこで生まれているという事実にも拘わらず、難民としてUNRWAに登録されています。“難民”の40%はヨルダン国民で、国民としての権利もサービスも全て享受しています。

計算してみてください。これらの人々の80%は難民ではありません。“難民”に関して現在使用されているすべての定義に照らし合わせた結果、米国は、その必要条件を満たしているパレスチナ人は2万人に満たないと結論付けています。

最後に、国連難民高等弁務官事務所は128か国で6千万人の難民を支援していますが、その職員数は7千人です。UNRWAは3万人を雇っています。

デヴィッド・フリードマン駐イスラエル米国大使が先ごろ、米国は今後UNRWAに拠出金は払わないと発表すると、いつもの常連が憤慨し、ドイツ・日本・英国・欧州連合などが先頭に立って救助に駆け付け穴埋めをする、という展開になりました。

トランプ大統領が和平を推し進めるにあたり、フラストレーションの核にあるのはUNRWAです。大統領特別アドバイザーのジャレッド・クッシュナーは、単刀直入で遠慮なく、しかし正確な評価を提供しました。UNRWAは現状を引き延ばし、腐敗し、非能率的で、そして平和に貢献していない、と彼はメールに書きました。

UNRWAに関する限り米国は正しいのです。パレスチナの人々を助ける方法は他にいくらでもあります。現代の難民は、ホロコースト生還者の気概から学べるかもしれません。彼らは、ユダヤ人の同胞と国連機関の支援を受け、驚くほど短期間のうちに被害者という衣服を脱ぎ棄て、廃墟と化した過去から本物の将来を築きあげたのです。

もうアラブ世界とパレスチナ人自身が、生活保護受給者という生業から脱皮し、死を美化するのではなく、生きることを大切にする将来を築く時ではないでしょうか?

*エブラハム・クーパー師はサイモン・ウィーゼンタール・センターの副館長
Global Social Action Agenda 担当責任者
*マーヴィン・ハイヤー師はサイモン・ウィーゼンタール・センター創始者館長