UNRWAはパレスチナ難民の再スタートを助けなかった。

エブラハム・クーパー師
マーヴィン・ハイヤー師

UNRRAと UNRWA、よく似た名前です。どちらも難民を救うために設立された国連機関です。一つは役目を終えて閉鎖されました。他方は、一時的であった問題を平和への巨大な障害物に変身させました。

第二次大戦とナチスによる欧州ユダヤ人虐殺が最大規模で行われていた1943年11月、国連(前身)は、枢軸国の攻撃から逃れた難民を支援するRelief and Rehabilitation Administration(UNRRA)という組織を設立しました。大戦終結後、UNRRAとその後継組織 International Refugee Organization (IRO) は、推定1,000万人もの難民を助けました。前例を見ないほどの大規模な人道的危機に、米国はどちらの組織にも最大の寄付国となりました。

ホロコースト生還者25万人あまりが “displaced persons (行き場を失った人々)” と定義され、戦後ドイツで UNRRAが管理する収容所で1947年まで暮らしました。彼らは家族も友人も住む社会も何もかも失った人々でした。地域組織の全ても破壊されていました。ポーランドでは、新しい人生を始めようとするユダヤ人が嫌がらせを受け、ポグロム(ユダヤ人狩り)で殺されることさえありました。生還者は絶望を味わいましたが、その後の全人生を難民でいようと思うほどは、決して絶望していませんでした。彼らは、ユダヤ人国家或いは米国・カナダ・英国・オーストラリアのような安全な民主国家で人生を再構築することで、やがて生まれてくる子供たちの将来を夢見たのです。誰ひとり、国連が彼らと彼らの子供や孫やひ孫まで永久に面倒を見てくれるなどと、期待することはありませんでした。

国連は、ホロコースト被害者と何百万人もの他の難民に対し、国連の支援は一時的なものであることを明確にしていました。戦後ドイツの補償プログラムさえも、ホロコースト生還者のみを対象としたもので、受給者はその資格を証明しなければならなかったのです。被害者としての資格は、誰かに受け継がれるべきものでは決してありませんでした。

世界のユダヤ人は自分たちの責任に気づき、行動を起こしました。American Jewish Joint Distribution Committee は、難民に食品や衣服を与え。ORT (ユダヤ人のための職業訓練団体) は、職業訓練やヘブライ語教育を提供し、Immigrant Aid Society (HIAS) も支援の手を差し伸べました。米国や英国、そしてドイツの英国占領区域には、難民が、アウシュビッツの解放から3年もしないうちに国連がユダヤ人国家として認めたイスラエルに移住できるよう、後押してくれる委員会が存在していました。歴史上最悪の犯罪を生き延びたユダヤ人たちが新しい人生を踏み出し、世界をよりよい場所に変えていく中、UNRRAとIRO は歴史の小さなエピソードとして、あっという間に人々の記憶から消えていったのです。

一方、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、著しく異なる道のりを歩んできました。UNRWAは70万人のパレスチナ難民の人生の再建を助けるのではなく、被害を制度化してしまったのです。UNRWAの設立は国連の二つの決議に基づいています。国連総会決議194は、「故郷にもどり、隣人と平和のうちに暮らす事を希望する難民はそうすることが認められるべき」と定めました。これが、UNRWAの正式な設立を決めた1950年の決議302に繋がりました。UNRWAはそれ以降、パレスチナ難民の問題を解決するのではなく、延々と長期化させてきました。“難民”という地位を、次世代から次世代へと授与していったのです。68年が過ぎ、それは現在530万人のパレスチナ人に奉仕しています。

パレスチナ難民の苦難を軽減するという委託を受けたUNRWAは、しかし実際には、イスラエル人に対する扇動をプロモートし、存在もしない何百万人ものイスラエルへの“帰還権”を強調し(これはユダヤ人国家イスラエルを破壊する)、そしてイスラエルの国さえ描かれていない地図を使ったカリキュラムを採用、といったことを繰り返してきました。彼らの教科書は、(エルサレムの)嘆きの壁や(ベツレヘムの)ラヘルの墓や(ヘブロンの)族長たちの墓などのユダヤ人の最も聖なる場所を、イスラム教のみにゆかりの地であり、ユダヤ人たちが盗もうとしていると教えています。

UNRWAはガザでのテロ活動を手助けしています。2014年の抗争中、テロ用トンネル・武器庫・ロケット発射施設は、ハマスのメンバーが職員で教員組合を支配する学校と連携していました。UNRWAの学校は2018年5月14・15日、イスラエル境界線での暴動に生徒を参加させるため突然休校となりました。それはハマスが、流血の対決として計画したものでした。(実際ハマスは、米大使館のエルサレム移転と合わせて決行されたこれらの暴動で死んだ62人のうち53人はテロリストだったと認めています。)

ガザに住む180万人のうち140万人は、その殆どが本人も父母も祖父母もそこで生まれているという事実にも拘わらず、難民としてUNRWAに登録されています。“難民”の40%はヨルダン国民で、国民としての権利もサービスも全て享受しています。

計算してみてください。これらの人々の80%は難民ではありません。“難民”に関して現在使用されているすべての定義に照らし合わせた結果、米国は、その必要条件を満たしているパレスチナ人は2万人に満たないと結論付けています。

最後に、国連難民高等弁務官事務所は128か国で6千万人の難民を支援していますが、その職員数は7千人です。UNRWAは3万人を雇っています。

デヴィッド・フリードマン駐イスラエル米国大使が先ごろ、米国は今後UNRWAに拠出金は払わないと発表すると、いつもの常連が憤慨し、ドイツ・日本・英国・欧州連合などが先頭に立って救助に駆け付け穴埋めをする、という展開になりました。

トランプ大統領が和平を推し進めるにあたり、フラストレーションの核にあるのはUNRWAです。大統領特別アドバイザーのジャレッド・クッシュナーは、単刀直入で遠慮なく、しかし正確な評価を提供しました。UNRWAは現状を引き延ばし、腐敗し、非能率的で、そして平和に貢献していない、と彼はメールに書きました。

UNRWAに関する限り米国は正しいのです。パレスチナの人々を助ける方法は他にいくらでもあります。現代の難民は、ホロコースト生還者の気概から学べるかもしれません。彼らは、ユダヤ人の同胞と国連機関の支援を受け、驚くほど短期間のうちに被害者という衣服を脱ぎ棄て、廃墟と化した過去から本物の将来を築きあげたのです。

もうアラブ世界とパレスチナ人自身が、生活保護受給者という生業から脱皮し、死を美化するのではなく、生きることを大切にする将来を築く時ではないでしょうか?

*エブラハム・クーパー師はサイモン・ウィーゼンタール・センターの副館長
Global Social Action Agenda 担当責任者
*マーヴィン・ハイヤー師はサイモン・ウィーゼンタール・センター創始者館長

日本は中東で果たす重要な役割を明確に

エブラハム・クーパー師
テッド・ゴーバー博士

     

日本は過去25年にわたり、中東で重要な役割を果たしてきたが、それは主に、ヨルダン川西岸地区とガザに住むパレスチナ人の経済・社会発展への支援を通して、なされてきた。

日本が1993年以来、公衆衛生・経済成長・農業・教育・難民支援などのプロジェクトを通してパレスチナに貢献してきた額は1700億円にものぼる。これらの重要な支援活動は、20年余にわたり多くのパレスチナ人の生活の質を向上させることを助けてきた。

それに加えてこの数年は安倍晋三首相の指導と率先の下、日本の経済的・地政学的活動は飛躍的に拡大し、それは日本とイスラエル両国の安全保障と経済利益に寄与してきた。安倍首相のヤド・ヴァシェム国立ホロコースト記念館での歴史的スピーチも、世界のユダヤ人コミュニティーと日本の間の信頼レベルを高めることを助け、中東におけるさらに大きく、かつバランスのとれた日本の役割への、期待を膨らませた。

しかし、安倍首相が近年ベンジャミン・ネタニヤフ首相に示した友好姿勢が歓迎すべきものである一方、それは、国連における日本の対イスラエル公式ポリシーとは、鋭く対立するものである。入植地、境界線論争、今も続くガザでの対立などの幾つかの問題における日本の公けの外交姿勢は、日本ともイスラエルとも価値観を共有しない政権の姿勢に、より近いものである。

安倍首相のイスラエルへのポジティブな取り組みと、日本外務省のイスラエルに対する近視眼的で時には攻撃的でさえある政治的姿勢の、際立った違いには困惑させられる。外務省は、安倍首相のユダヤ人国家イスラエルに対する新しい前向きな取り組みに関して、首相官邸からまだ説明を受けていないのだと考える者がいても、責められないだろう。

外務省のイスラエルに関する立場は、日本とイスラエルが共に民主・自由市場経済国家として、利益と価値を共有している事実と、相容れないと気づくことも重要である。例えば、発展しつつある両国の商業関係を見てみよう。最初は低調なところからスタートしたが、近年は、日本とイスラエル企業間、特にハイテク、サイバーセキュリティー、健康・観光分野での関係は大きく開花している。 “日本は中東で果たす重要な役割を明確に”の続きを読む

北朝鮮の非核化と人権問題

トランプ大統領は、オバマ大統領がしたように、独裁者との取引のために人権をないがしろにするべきなのか。

マーヴィン・ハイヤー師:サイモン・ウィーゼンタール・センター館長
エブラハム・クーパー師:サイモン・ウィーゼンタール・センター副館長

聖書にはこのような話がある。賢者と評されるソロモン王が、居を共にする二人の女性に言い寄られる。二人はソロモン王に、自分こそが生まれたばかりの男の赤ん坊の母親であり、もう片方の女は、生まれてすぐに死んだ赤ん坊の母親であると主張しあった。

ソロモン王は、それぞれの弁を聞いてしばらく考えたあと、このように命じた。「剣をもって来なさい。生きている赤ん坊を真っ二つに斬り、体の半分をそれぞれの女に与えなさい。」

自分の息子をもう一人の女性に盗まれたと主張する女性は「お願いです、王。赤ん坊は彼女にあげてください。斬るようなことはしないで下さい。」と求めた。しかしもう一人の女性は「赤ん坊がどちらのものであれ、斬って下さい。」と言った。

ソロモン王は、人間が持つ倫理という本能と鋭い知見から「一番目の女に、殺さずに赤ん坊を渡しなさい。彼女こそが赤ん坊の母親だ。」と言った。

ソロモン王のような智賢を兼ね備えた大統領はいない。しかし、歴代の大統領は皆、ソロモン王でも悩みこむような重大な決定を迫られたことがあった。

トランプ大統領と北朝鮮の独裁者である金正恩との間で行われた、歴史的なサミットについて考えてみよう。サミットの表向きの目標は、北朝鮮の安全保障の代わりに、平壌政府が放つ核の脅威を取り除くことであった。サイモン・ウィーゼンタール・センターを含む人権団体は、トランプ大統領は、北朝鮮における宗教の自由や悪名高き強制収容所の封鎖など、人権問題も取り上げるべきだと主張した。

活動家たちは、何百万人もの自国民の人権を踏みにじるような国に、果たしてトランプ大統領は “体制の保障”を与えてもよいのかと問うた。大統領が、サミットで金正恩の悪事を問いたださないどころか彼を褒め称えたことに、深く失望したという声もあった。

しかし公平な目で見れば、トランプ大統領だけでなく先代の大統領たちもこれと同じ、またはそれ以上に劣悪なことをしてきたのである。 “北朝鮮の非核化と人権問題”の続きを読む

Our People: 被害者も加害者も私たちと同じ人間だった

2年前エルサレムに旅した時、イスラエルの国立ホロコースト記念博物館「ヤドヴァシェム」を案内してくれたのは、サイモン・ウィーゼンタール・センターのエルサレム所長エフレム・ズーロフ氏でした。ニューヨーク出身の彼のルーツは、かつてその首都が「北のエルサレム」と呼ばれたほどユダヤ教の教えと文化が栄えたリトアニアのラビの家系で、彼の名前もホロコーストで殺害された大叔父の名前を貰ったものだそうです。

ヘブライ大学で学んだ後イスラエルに移住したズーロフ氏は、1978年に初めてサイモン・ウィーゼンタール氏に会い、この著名なナチハンターの後継者として今日まで働いてきました。

ズーロフ氏がサインしてくれた彼の著書『Operation Last Chance』には、これまで24か国で520人以上のナチ戦犯を探し出し、それらの何人かがドイツの法廷で裁かれたなどの、活動記録が綴られています。ナチ戦犯が潜む多くの国が非協力的だったこともあり、彼の活動は困難なものでした。

アマゾン:https://www.amazon.com/Operation-Last-Chance-Criminals-Justice/dp/0230108059

ズーロフ氏は数年前、リトアニアの女性作家ルータ・ヴァナガイタさんと一緒に、22万人(当時のユダヤ人口の95%)のユダヤ人が殺害されたリトアニア国内の跡地を訪ね歩きました。自分自身の家族も含めて多くのリトアニア人が殺戮に加担したことを知ったヴァナガイタさんは2016年、『Our People:  Travels With the Enemy 』という著書を出版しました。当初はベストセラーになったものの、その後国内で非難の声が大きくなり、以前は国民的人気作家だったヴァナガイタさんですが、現在は孤立しているそうです。

先ごろヘブライ語版が出版されたそうで、イスラエルの新聞『Haaretz』にズーロフ氏とヴァナガイタさんがビデオで紹介されたことを、ズーロフ氏が知らせてくれました。ヘブライ語が分からない私のために英語訳も送ってくれましたので、それを日本語に訳しました。

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EZ:これまで40年間世界中のナチ戦犯を追いかけてきましたが、今回は私個人にとっても大切なプロジェクトとなりました。私の祖父も祖母もリトアニアで生まれました。私は、ホロコースト時のリトアニアユダヤ人の運命が決して忘れ去られることがないようにしたかったのです。

RV: 私はホロコーストについてほとんど何も知りませんでした。ユダヤ人の友人も先生もいませんでしたから。でも、私自身の親類の何人かも間接的にであれ殺戮に加担していたことを知り、きっと多くの人々の家族も関わったに違いないと思いました。

EZ: 人々は最近ポーランドで成立した法律のことばかり語りますが、すぐ隣国のリトアニアには、ホロコーストのさなか国を挙げて殺戮したユダヤ人の終焉の場所がいたるところにあります。

RV: 本を書こうと決めたとき、まずタイトルを思いつきました。『Our People』です。私たちリトアニア人にとって、被害者はユダヤ人ですから「私たち」ではありませんでした。そして加害者も殺人者ですから「わたしたち」ではなかったのです。私が目指したのは、どちらも人間だったということを描くことでした。これまでホロコーストの歴史に関して多くの本が書かれてきましたが、被害者数などが強調されていたと思います。私は、彼らが人間だったこと、そして殺人者も人間だったことを人々に知って欲しいと思いました。

EZ: 私たちは国中を旅して、当時8歳、10歳、12歳、16歳だった子供の目撃者にインタビューしました。彼らは殺戮を見ていたのです。ユダヤ人がどのようにして家から引きずり出され、地面に掘られた穴の前に連れていかれて射殺されたかを、見ていたのです。

RV: どうして自分の国でこんなことが起こったのか…。でも一度起こったことはまた起こり得ます。私たち全員が「人間、Our People』」なのですから。

ユダヤ人の歴史

1984年、4歳と3歳の子供を育てながらシカゴの大学に通っていた頃、公共テレビ PBSが放映した「Heritage: Civilization and the Jews」という9時間のドキュメンタリーを観たことがあります。聖書の時代から中世、近代、そしてホロコーストの悲劇を経てイスラエル建国に至るユダヤ人の歴史が、同時に人類全体の文明にどのような影響を与えたのかを、豊富な写真や興味深い資料で織りなした一大絵巻とも言うべき内容でした。シリーズを通して語り部を演じたのは、建国間もないイスラエルの国連大使、駐米大使、後に教育文化大臣、外務大臣を務めたアバ・イバン氏で、ケンブリッジ大学卒の学者であった彼の語り口は、簡潔で分かりやすい英語でありながら、格調の高いものでした。

このシリーズは当時5千万人以上が観たとされ、エミー賞やピーボディ賞などを受けました。私自身も深く印象付けられ、コンパニオンブックとして出た同名の著書を買い、折に触れて読んだものです。

その後10年ほどしてロサンゼルスに引っ越し、その地のユダヤ人指導者の数人と親しくなりました。その中の一人で、日露戦争時、日本に資金援助をしたジェーコブ・シフなどが設立した歴史あるユダヤ人団体 American Jewish Committee の西部地区代表ニール・サンドバーグ博士と、このドキュメンタリーの話をしたことがあります。そしてサンドバーグ博士が、日本人のユダヤ人理解を助けたいと、このドキュメンタリーをNHKで放映して貰うためにずいぶん努力したが結局実現しなかったことを、知りました。反ユダヤ的本がベストセラーになり、ホロコースト否定の記事さえ出る日本でこそ、このドキュメンタリーが放映されて欲しいと思っていた私も、その話を聞いてがっかりしたことを覚えています。

それからさらに20年以上が過ぎ、 今では「Heritage: Civilization and the Jews」の全編が Youtube で観られるようになりました。
(以下は第1話ですが、第2話以下もYoutube で検索可能です。)

つい最近では、サイモン・ウィーゼンタール・センターがユネスコと共同で制作したパネル展示「「民、聖書、その発祥の地:ユダヤ人と聖地の3500年にわたる繋がり 」が、東京で開かれました。着任したばかりのイスラエル大使ヤッファ・ベンアリ氏や松浦晃一郎 元ユネスコ事務局長、数人の国会議員も挨拶し、日本とイスラエルの間の理解を深めるこのような教育啓蒙活動の大切さを訴えました。

          
ヤッファ・ベンアリ大使      松浦氏・中山泰秀議員・クーパー師

特筆すべきは、この展示もPBS のドキュメンタリーも、イスラム教の誕生、それがやがて中東全域・北アフリカまで広まり豊かな文化を生み出したこと、その間ユダヤ人が身分は劣位であっても自らの宗教に従って生きることを許されていた歴史を、正確に伝えていることです。

一方、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長はつい先ごろ、中央委員会の演説で、「イスラエルは植民地プロジェクトであり、ユダヤ人とは何の関係もない」と宣言しました。それ以前にも、パレスチナは国連やユネスコに、ユダヤ人と聖地エルサレムの歴史的繋がりを否定し、イスラエル国家の正当性に挑戦する決議案を通させることに、成功しています。これらの決議案の幾つかに日本も賛成票を投じていることが、残念です。

パレスチナ側がイスラエル国家の存在を認めていないこと、ガザを統治するハマスがイスラエルの壊滅を目指す憲章を掲げていることも、日本ではあまり知られていません。

日本政府は最近、和平交渉の仲介役になる用意があることを表明しましたが、古代からの長い歴史と、イスラエル建国後の近代の歴史を正確に踏まえ、誠意ある建設的な役割を果たしてほしいと願います。