ヒトラーが軽々しく使われる問題

軽々しく”ヒトラー”を使うメディアのトランプ攻撃はヘイトとの戦いに有害
マーヴィン・ハイヤー師、エブラハム・クーパー師
『The Hill」2017年8月29日掲載

©You Tube

1945年にヨーロッパ戦線で連合軍が勝利してから何十年もの間、鉤十字マーク(スワスティカ)以上の邪悪のシンボルは無く、アドルフ・ヒトラー以上に究極の民族抹殺者を体現した人物もいませんでした。

 その後の70年間、ヨーロッパでもアメリカでも、ナチスそして現在はネオナチが、ヒトラーの最終解決のヴィジョンを生かし続けようとしてきました。彼らは多くの場合、成功しませんでした。何故なら、欧州のほとんどの国が、ヒトラーが始めた第二次大戦で、ホロコーストで抹殺された六百万人のユダヤ人を含む何千万人もの人々の命が奪われた惨事を、記憶していたからです。そしてドイツが先頭に立ち、世界は、ヒトラー崇拝とホロコースト否定を違法とする厳しい反ナチス法を制定してきたからです。

それでもこの何十年、中東における反ユダヤ主義者は、ナチホロコーストが実際起こったことを否定すると同時に、イスラエル人を現代のナチスだと決めつけてきました。

最近まで、アメリカや他の民主主義国家では、ネオナチが政治の世界や大学キャンパス内の“尊敬される社会”のメンバーとなることは困難でした。主流のメディアが彼らの生々しいヘイトのメッセージを排除していたからです。しかしここ数年、政敵を中傷するためにナチスのイメージを大々的に使う現象が、右と左双方の陣営で見られるようになりました。

グローバルサイバー空間の時代、ソーシャルメディアにたけた新時代の人種偏見者は、フォロワー(特に若者)をリクルートするため、そして少数派を侮辱し、民主主義的価値観を冷笑するため、伝統的メディアをバイパスします。そして、アメリカ人同士が争い合い、ネオナチがシャーロットビルの町を練り歩くイメージは、ネットで同時放映され、四六時中ケーブルニュースで伝えられます。

これらの暴動が起こった後、サイモン・ウィーゼンタール・センターは、トランプ大統領が、白人至上主義者・ネオナチ・KKKと、シャーロッツビルの路上で彼らに反対した者たちを、明確に疑う余地も無いほどに区別しなかったことに、一貫して批判の声をあげてきました。シャーロッツビルの現場に、過激的な反ファシスト活動家もいたことは、全てのグループ、或は“多くの側”を道徳的に同一として一括りにした言い訳にはなりません。

そして今度は、ドイツの雑誌『Der Stern』がトランプ大統領をヒトラーに例えました。その視覚的イメージもメッセージも、間違いで、攻撃的で、危険です。

Stern誌の表紙は、民主的に選ばれたアメリカの大統領が合衆国国旗を身にまとい、「ジーク・ハイル」をしている姿を描いています。この表紙は、スワスティカや他のナチのシンボルを、党派やイデオロギーのために使用するという、礼儀も寛容も無視した最近の憂慮すべき傾向が辿り着いた結果といえるものです。

ヒトラーが描いたユダヤ人のいない世界を完成するはずだったナチズム、或いは全てのアフリカ系・ヒスパニック系アメリカ人を隅に追いやるか絶滅させようとさえする白人至上主義者やKKKと、反ユダヤ主義や人種偏見主義者に反対する人々を対等に扱うことは、決してできません。

ドナルド・トランプとホワイトハウスは国内外問わず、メディアと大衆から批難を浴び続けています。また、ホワイトハウスの経済担当補佐官ゲイリー・コーン氏もシャーロッツビルでの衝突に対して政府は更なる対応を行うべきであると述べました。しかし、新進のアメリカ人アーティストであれドイツの主要雑誌であれ、ドナルド・トランプを現代のヒトラーと表現することは完全に間違いであり、無視できるものではありません。

なぜなら、ドナルド・トランプはアドルフ・ヒトラーではなく、また、その事実はドイツ国民こそが他の誰よりも理解しているからです。

ドイツの人々は第三帝国が人類の残虐な歴史そのものであり、それ以上でもそれ以下でもないと理解しています。しかし現代のドイツのある者たちは、自己満足のために雑誌のカバーで「アメリカ人は自国にヒトラーを当選させた!」と論じてその真実をないがしろにすることで、ナチスの被害者の記憶を貶め、希薄にし、鉤十字マークが新しい世代に授けるべき道徳的歴史的メッセージを傷つけているのです。

それだけではありません。ナチスの歴史が正しく語り継がれなくなることで、過激な思想を持つ者が若者たちにナチスの考えを吹き込む余地を与えることになり、また、シャーロッツビルのヴァージニア大学で行われたたいまつ行進で見られたようなネオナチに居場所を与えることにも繋がるのです。

ナチス式敬礼を行うトランプという間違った描写を、誰も問題視出来ていないことも問題です。アメリカやドイツのメディア、民主党・共和党、ドイツの政治家たちだけでなく、学者やトランプのツイートにはすぐに反応するSNSユーザーからも、批判の声は上がっていません。

そのような沈黙は、このような戦略が繰り返し使用されることを確実にするだけです。そして案の定、それはもう起こりました。「Black Lives Matter」共同設立者のPatrice Cullorsは、『ロサンゼルス・タイムズ』にこう語りました。「私たちは、活動方針として、トランプとは同じテーブルに着きません。何故なら、私たちがヒトラーと同席するなどあり得なかったに違いないからです。トランプは、文字通りこの国の全ての邪悪の縮図です。」

私たちの国の舞台に躍り出て、社会を混乱させ続ける過激派は、アメリカのみが対処しきっと解決できる挑戦をしかけています。アメリカ大統領を尊大な狂信者と表現する代わりに、現代のドイツは、自らの国の歴史の圧倒的な重みを考えながら、彼ら自身が抱える様々な社会問題にフォーカスすべきです。

* マーヴィン・ハイヤー師はサイモン・ウィーゼンタール・センターの設立者・館長。エブラハム・クーパー師は同副館長・社会行動部責任者

                   日本語翻訳;杉中亮星・徳留絹枝

ラウ師「友でないものにも救いの手を」

エブラハム・クーパー師が、ホロコースト記念日に書いたエッセイです。

メイール・ラウ師「友でないものにも救いの手を

2017年のヨム・ハショア(ホロコースト記念日)、この日ユダヤコミュニティーは不安と懸念に包まれていました。

米国では、ユダヤの墓地が荒らされたり、コミュニティー・センターに脅迫が届くなど反ユダヤの事件が急増しています。

イギリスでも、政治の場で反ユダヤの思想が影を伸ばしています。

フランスではマリーヌ・ル・ペンが国営テレビの場にて、フランスはヴェル・ディヴ事件の責任を負う必要はないという発言をしました。

*ヴェル・ディヴ事件・・・1942年7月に13,000人以上のユダヤ人がフランスのヴェロドローム・ディヴェール競輪場にて5日間検挙され、その後アウシュビッツなどの強制収容所に連行された。

また、ネオナチグループから卍マークを落書きされたり脅迫電話を受けたりして、ユダヤ施設が閉鎖に追い込まれるという出来事も起きました。それも、ドイツではなく、スウェーデンでこのようなことが発生しているのです。

ある女性は「私の両親は、ホロコースト生還者です。このようなことを目の当たりにすると1930年ごろに逆戻りしたように感じます」と嘆きます。

イランでは、ホロコーストを否定し、イスラエルを壊滅できるミサイルを誇示しています。

それでは私たちユダヤ人は、自分たちのことだけを考えれば許されるのでしょうか。

メイール・ラウ師は首を横に振ります。
ラウ師は大戦後の8歳の時にイスラエルに辿り着いたホロコースト生還者です。

72年経った今、彼はイスラエルはシリアの人々に救いの手を差し伸べるよう唱えます ー例えシリアがイスラエルにとって友とは言えない関係だったとしても。

ラウ師は「これはシリアの人々にとってのホロコーストであり、今日に始まったものではありません。過去6年、彼ら/彼女らはホロコーストの中に生きているのです。化学兵器により何人もの市民が犠牲になっています。歴史上最も迫害されてきた国として、イスラエルは救いの手を差し伸べるべきです」と唱えます。

ラウ師だけではありません。イツハク・ヨセフ師も「シリアでの戦争はもう一つの小さなホロコーストです。70年前ホロコーストが起きた時、大勢のユダヤ人が虐殺されました。世界はそれを目の当たりにして、なお沈黙していたのです。迫害を受けていた私たちユダヤ人はこの沈黙を理解できず嘆きました。ジェノサイドはシリアであろうと何処であろうと、そして誰であろうと許される訳がありません。たとえ友でない者に対してであろうと」と語ります。

それでは、なぜラウ師はホロコーストという言葉を使うのでしょうか。

それはシリアで死にゆく子供たちの姿から、彼が8歳だった頃に見たホロコーストの闇を思い起こさせるからです。もちろん彼はシリアとアウシュビッツでの出来事を天秤にかけることができるとは思っていません。

ナチが起こしたホロコーストは武器を持たない人々の根絶を目的にしていたという点で類をみないものでした。ナチとナチの思想に賛同した国家によって、600万ものユダヤ人が迫害され、餓死に追い込まれ、虐殺されていったのです。

ラウ師がホロコーストという言葉を使う理由、それはホロコーストの”本当の目的” ーユダヤ人の命だけでなく、ユダヤの精神さえも根絶させることーを理解しているためです。

ユダヤの精神 “汝、血を流し苦しむ者に手を差し伸べよ(Lo taamod al dam réakha)”。ラウ師はイスラエルにシリアへの行動を主張することで、このユダヤの精神を想起させています。

ユダヤ人作家、故エリー・ヴィ―ゼル氏は語ります「ここではユダヤの同胞を意味する“akhikha”ではなく、すべての人を意味する“réakha”という言葉が使われているのです。その人がユダヤかどうか関係ありません。すべての人が痛みと恐怖ではなく、希望と尊厳を持って生きる権利があるということを示しているのです。」

ホロコーストを生き抜きイスラエルで暮らし始めた1945年以来、ラウ師は1日1日がナチやすべてのテロリズムから勝利を掴み取ってきた日々であると信じています。ホロコーストからの生還はすべてのユダヤ人にとって勝利である一方で、新たな始まりであると考えています。ナチが根絶やしにしようとしたユダヤの精神を受け継いでいかなければならないのです。

“汝、血を流し苦しむ者に手を差し伸べよ”

新たなヨハム・ショアを迎えた今、この精神こそがユダヤ人を輝かせてきたものであり、この精神こそがユダヤ人が忘れず心に持ち続けなければいけないものなのです。

                       (日本語訳:杉中亮星)

*「深淵より ラビ・ラウ回想録―ホロコーストから生還した少年の物語」
は、ミルトス出版社から刊行されています。