1984年、4歳と3歳の子供を育てながらシカゴの大学に通っていた頃、公共テレビ PBSが放映した「Heritage: Civilization and the Jews」という9時間のドキュメンタリーを観たことがあります。聖書の時代から中世、近代、そしてホロコーストの悲劇を経てイスラエル建国に至るユダヤ人の歴史が、同時に人類全体の文明にどのような影響を与えたのかを、豊富な写真や興味深い資料で織りなした一大絵巻とも言うべき内容でした。シリーズを通して語り部を演じたのは、建国間もないイスラエルの国連大使、駐米大使、後に教育文化大臣、外務大臣を務めたアバ・イバン氏で、ケンブリッジ大学卒の学者であった彼の語り口は、簡潔で分かりやすい英語でありながら、格調の高いものでした。
このシリーズは当時5千万人以上が観たとされ、エミー賞やピーボディ賞などを受けました。私自身も深く印象付けられ、コンパニオンブックとして出た同名の著書を買い、折に触れて読んだものです。
その後10年ほどしてロサンゼルスに引っ越し、その地のユダヤ人指導者の数人と親しくなりました。その中の一人で、日露戦争時、日本に資金援助をしたジェーコブ・シフなどが設立した歴史あるユダヤ人団体 American Jewish Committee の西部地区代表ニール・サンドバーグ博士と、このドキュメンタリーの話をしたことがあります。そしてサンドバーグ博士が、日本人のユダヤ人理解を助けたいと、このドキュメンタリーをNHKで放映して貰うためにずいぶん努力したが結局実現しなかったことを、知りました。反ユダヤ的本がベストセラーになり、ホロコースト否定の記事さえ出る日本でこそ、このドキュメンタリーが放映されて欲しいと思っていた私も、その話を聞いてがっかりしたことを覚えています。
それからさらに20年以上が過ぎ、 「Heritage: Civilization and the Jews」の幾つかの編は、Youtube で観られます。(以下は第1話)
つい最近では、サイモン・ウィーゼンタール・センターがユネスコと共同で制作したパネル展示「「民、聖書、その発祥の地:ユダヤ人と聖地の3500年にわたる繋がり 」が、東京で開かれました。着任したばかりのイスラエル大使ヤッファ・ベンアリ氏や松浦晃一郎 元ユネスコ事務局長、数人の国会議員も挨拶し、日本とイスラエルの間の理解を深めるこのような教育啓蒙活動の大切さを訴えました。
ヤッファ・ベンアリ大使 松浦氏・中山泰秀議員・クーパー師
特筆すべきは、この展示もPBS のドキュメンタリーも、イスラム教の誕生、それがやがて中東全域・北アフリカまで広まり豊かな文化を生み出したこと、その間ユダヤ人が身分は劣位であっても自らの宗教に従って生きることを許されていた歴史を、正確に伝えていることです。
一方、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長はつい先ごろ、中央委員会の演説で、「イスラエルは植民地プロジェクトであり、ユダヤ人とは何の関係もない」と宣言しました。それ以前にも、パレスチナは国連やユネスコに、ユダヤ人と聖地エルサレムの歴史的繋がりを否定し、イスラエル国家の正当性に挑戦する決議案を通させることに、成功しています。これらの決議案の幾つかに日本も賛成票を投じていることが、残念です。
パレスチナ側がイスラエル国家の存在を認めていないこと、ガザを統治するハマスがイスラエルの壊滅を目指す憲章を掲げていることも、日本ではあまり知られていません。
日本政府は最近、和平交渉の仲介役になる用意があることを表明しましたが、古代からの長い歴史と、イスラエル建国後の近代の歴史を正確に踏まえ、誠意ある建設的な役割を果たしてほしいと願います。